世界を統べる者
世界を統べる者たちが存在する場所――。
その場所は生者が住まう場所でも、死者が住まう場所でもない。
そこは、番人たちが住まう場所である。
深紅の絨毯が敷き詰められた通路は、果てしなく地の底まで続いているという。延々と伸びるその場所を歩くのは白いジャケットを羽織ったひとりの青年である。茶色い髪はゆるいうねりを持ち、翡翠の瞳を気だるげに細めながら、ひたすら歩き続ける。パンツのポケットに両手を突っ込み、眉間に皺を寄せる姿は不機嫌そのものだ。壁に並ぶ花瓶は見事に同じ物が等間隔に並び、天井付近に備え付けられた百合を模して造られた照明が奥深くまで明かりをともし続ける。まるで一本道の迷路に迷い込んだかのように錯覚してしまう。終わりの見えない道のり――もう幾度も通っているはずなのに青年にとってそこは苦痛以外の何ものでもなかった。
何時から歩き始めたのか、時間の感覚も距離感すでになくなってきた。その事実に青年は立ち止まり、深く息を吐いた。
そして――。
「おい! どっかで見てんだろ! いい加減、顔を見せやがれ!」
側の壁を湧き上がる苛立ちのまま殴りつける。それと同時にキ―ンと甲高い金属音が鳴り響く。辺りが陽炎のように揺れ、景色が変わり始める。空間が渦巻き、辺りの壁を飲みこむ。それと同時に白い煙に覆われ、青年はきつく目を閉じた。
地響きが終わり、空間の揺れがおさまったのを暗闇の中で感じた。青年はゆっくりと目を開けた。見えたのは先ほどまで存在しなかった筈の扉。木で出来たそれは天井まで伸び、青年の目の前でただ静かに佇む。ドアノブに手を伸ばす前に、扉はひとりでに開きはじめ――。
明るい光が青年の元に届く。そのまま中に足を進めれば、視界に映ったのは壁一面を覆い尽くす本棚だった。いや、壁だけでなく、部屋全体に立ち並んだ本棚は二階――窓を囲むように作られた中二階まで続いている。青年は扉の正面――すぐ目の前に見えた梯子に目を細めた。そしてゆっくりと歩き始めた。
数歩も歩かぬうちに見えたのは、梯子に上り本を物色する人影。白い肌を包むは、何者にも染まらぬ白いシャツと闇を映した細見のパンツとかわり映えしない装い。青年に気づいたのか、ゆっくりと振り向く。さらりと揺れた漆黒の髪と見えたのは濃い紫の瞳。青年を捉えると同時に強い光を宿す。
まるで射殺すかの如く苛烈な眼差しに青年は思わず息を飲んだ。
「―――――何だ、お前か」
溜息混じりに呟き、すぐに逸らされる視線。青年は顔を顰めた。
「呼び出したのはお前らだろ?」
「―――別に俺が呼んだわけではない」
目障りだと言わんばかりの姿に苛立ちはすぐさま頂点に達する。それはすぐに怒声として零れ落ちていた。側に立ち並ぶ本棚を殴りつける。
「お前、いいかげんこっち見ろ! こっちだって暇じゃねんだよ!」
「―――そうか、ならばとっとと帰れ。いちいち怒鳴られては目障りだ」
「何だと! 指令を放棄するつもりか!」
「そんなことは一言も言ってない。馬鹿か、お前は」
「馬鹿って……。確かにお前とくらべりゃ、誰だって馬鹿だろうよ。お偉い番人様たちにとって俺らはゴミ屑みてぇなもんだもんな」
溜息をつけば、ようやくこちらを見る。自分がいることを認めた紫の瞳に自然と鼓動が早まる。そんな自分が腹立たしくて。表に出すことなく渋面を作る。
「次の指令はどこだよ?」
「――――知らん」
梯子から降り、持っていた本をぱたりと閉じる。青年は眉を顰めた。確かに自分が聞いた指令は過去の扉の番人――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアからの要請だった。
「何で当人が知らねぇんだよ?」
「知らんものは、知らん」
ふてぶてしいまでに開き直るその姿が本気で腹立たしい。こめかみがぴくりと引き攣るのが分かった。
(黙ってりゃ綺麗なのにさ……)
頭を抱えながら、再度溜息をつく。ここに来るたび胃が酷く痛むようになった。
申請すれば労災扱いにならないだろうかとそんな馬鹿な事を考える。
「――――お前、今ものすごく失礼なことを考えてないか?」
「い、いや、別に―――」
じっとこちらを見つめてくる紫水晶に居心地が悪くなって青年が視線を逸らした時だった。
聞こえてきたヒールの音に扉を振り返る。
「相変わらず仲がいいものだな、お前たちは」
長い黄緑色の髪を無造作に下ろしたままの少女が扉にもたれ掛っていた。胸元が大きく開いた深紅のドレスを身につけ、金色の瞳を細めながら唇を引きあげ笑う。
「またお前か……、CC」
「またとは何だ。この私が準備してやったんだぞ?感謝しろ、感謝」
心底嫌だと言わんばかりに顔を顰める番人の姿に青年は心の中で激しく同意した。彼女が関わったならば、まず間違いなく面倒なことが起きる。それは嫌というほど経験させられた今までの経験ゆえだ。番人である彼が指令を知らなかったのも今なら分かる。――すべて彼女の仕業だろう。
「――おい、魔女」
呼べば金色の瞳がすぐさま睨みつけてくる。
「誰が魔女だ。このクソガキ」
「はあ? 誰がクソガキだよ!」
「お前だ、お・ま・え」
「わりいけど、俺には枢木スザクって言うちゃんとした名前があんだよ!」
「は! お前なんぞ、クソガキで十分だ。それとも、坊やとでも呼んでやろうか?」
本気で殴ろうかと拳を握った時だった。深い溜息が聞こえてきて振り返る。見えたのは気だるそうに前髪を掻きあげた番人の姿だった。手に持っていた本を窓辺に置き、魔女の名を呼ぶ。
「――――CC、ふざけるのもほどほどにしろ。それで、今回の指令はどこだ?」
番人の問いかけに魔女は赤い唇を歪め、囁く。
「――ブリタニアだ。時間は皇歴2018年。場所は日本――東京だ。時の歪みが限界まで達している。歪みの原因を発見し、すぐさま排除せよとの指令だ」
ブリタニア――その名を耳にした途端、番人は秀麗な顔を露骨に歪めた。忌々しいと言わんばかりの表情に青年は虚を突かれた。
何があってもほとんど顔色一つ変えない癖にと半分感心していれば、深い地の底まで届きそうな溜息にはっと我に返る。番人は億劫そうに前髪をかき上げるといつも首に下げている鍵を取り出した。その仕草にやたらと顔に熱が集まる。番人である彼と共にいると時折感じるそれ。霞がかった思考の向こうにあるその感情。手を伸ばし、一歩踏み出せばきっと知ることは叶うだろう――それ。けれどそれを知りたいと望む自身が存在する側、頑なに拒絶する自分がいることにスザクは気付いていた。鬩ぎ合う対極の心の行く先は何時だって過去の番人――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。
「―――何だ、しかめっ面なんぞして」
声の先を見やれば、番人が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
「……別に、何もねーよ。それより指令だろ? さっさと行こうぜ」
金色の鍵が番人の手から離れる。そうして床に吸い込まれると同時に現れたのは重圧な扉である。地響きを纏いながらゆっくりと目の前にそびえ立つ。
扉の中央に書かれた文字は
“Sacred Empire of Britannian”
ゆっくりと開かれる扉に青年は翡翠の瞳を細めた。
その場所は生者が住まう場所でも、死者が住まう場所でもない。
そこは、番人たちが住まう場所である。
深紅の絨毯が敷き詰められた通路は、果てしなく地の底まで続いているという。延々と伸びるその場所を歩くのは白いジャケットを羽織ったひとりの青年である。茶色い髪はゆるいうねりを持ち、翡翠の瞳を気だるげに細めながら、ひたすら歩き続ける。パンツのポケットに両手を突っ込み、眉間に皺を寄せる姿は不機嫌そのものだ。壁に並ぶ花瓶は見事に同じ物が等間隔に並び、天井付近に備え付けられた百合を模して造られた照明が奥深くまで明かりをともし続ける。まるで一本道の迷路に迷い込んだかのように錯覚してしまう。終わりの見えない道のり――もう幾度も通っているはずなのに青年にとってそこは苦痛以外の何ものでもなかった。
何時から歩き始めたのか、時間の感覚も距離感すでになくなってきた。その事実に青年は立ち止まり、深く息を吐いた。
そして――。
「おい! どっかで見てんだろ! いい加減、顔を見せやがれ!」
側の壁を湧き上がる苛立ちのまま殴りつける。それと同時にキ―ンと甲高い金属音が鳴り響く。辺りが陽炎のように揺れ、景色が変わり始める。空間が渦巻き、辺りの壁を飲みこむ。それと同時に白い煙に覆われ、青年はきつく目を閉じた。
地響きが終わり、空間の揺れがおさまったのを暗闇の中で感じた。青年はゆっくりと目を開けた。見えたのは先ほどまで存在しなかった筈の扉。木で出来たそれは天井まで伸び、青年の目の前でただ静かに佇む。ドアノブに手を伸ばす前に、扉はひとりでに開きはじめ――。
明るい光が青年の元に届く。そのまま中に足を進めれば、視界に映ったのは壁一面を覆い尽くす本棚だった。いや、壁だけでなく、部屋全体に立ち並んだ本棚は二階――窓を囲むように作られた中二階まで続いている。青年は扉の正面――すぐ目の前に見えた梯子に目を細めた。そしてゆっくりと歩き始めた。
数歩も歩かぬうちに見えたのは、梯子に上り本を物色する人影。白い肌を包むは、何者にも染まらぬ白いシャツと闇を映した細見のパンツとかわり映えしない装い。青年に気づいたのか、ゆっくりと振り向く。さらりと揺れた漆黒の髪と見えたのは濃い紫の瞳。青年を捉えると同時に強い光を宿す。
まるで射殺すかの如く苛烈な眼差しに青年は思わず息を飲んだ。
「―――――何だ、お前か」
溜息混じりに呟き、すぐに逸らされる視線。青年は顔を顰めた。
「呼び出したのはお前らだろ?」
「―――別に俺が呼んだわけではない」
目障りだと言わんばかりの姿に苛立ちはすぐさま頂点に達する。それはすぐに怒声として零れ落ちていた。側に立ち並ぶ本棚を殴りつける。
「お前、いいかげんこっち見ろ! こっちだって暇じゃねんだよ!」
「―――そうか、ならばとっとと帰れ。いちいち怒鳴られては目障りだ」
「何だと! 指令を放棄するつもりか!」
「そんなことは一言も言ってない。馬鹿か、お前は」
「馬鹿って……。確かにお前とくらべりゃ、誰だって馬鹿だろうよ。お偉い番人様たちにとって俺らはゴミ屑みてぇなもんだもんな」
溜息をつけば、ようやくこちらを見る。自分がいることを認めた紫の瞳に自然と鼓動が早まる。そんな自分が腹立たしくて。表に出すことなく渋面を作る。
「次の指令はどこだよ?」
「――――知らん」
梯子から降り、持っていた本をぱたりと閉じる。青年は眉を顰めた。確かに自分が聞いた指令は過去の扉の番人――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアからの要請だった。
「何で当人が知らねぇんだよ?」
「知らんものは、知らん」
ふてぶてしいまでに開き直るその姿が本気で腹立たしい。こめかみがぴくりと引き攣るのが分かった。
(黙ってりゃ綺麗なのにさ……)
頭を抱えながら、再度溜息をつく。ここに来るたび胃が酷く痛むようになった。
申請すれば労災扱いにならないだろうかとそんな馬鹿な事を考える。
「――――お前、今ものすごく失礼なことを考えてないか?」
「い、いや、別に―――」
じっとこちらを見つめてくる紫水晶に居心地が悪くなって青年が視線を逸らした時だった。
聞こえてきたヒールの音に扉を振り返る。
「相変わらず仲がいいものだな、お前たちは」
長い黄緑色の髪を無造作に下ろしたままの少女が扉にもたれ掛っていた。胸元が大きく開いた深紅のドレスを身につけ、金色の瞳を細めながら唇を引きあげ笑う。
「またお前か……、CC」
「またとは何だ。この私が準備してやったんだぞ?感謝しろ、感謝」
心底嫌だと言わんばかりに顔を顰める番人の姿に青年は心の中で激しく同意した。彼女が関わったならば、まず間違いなく面倒なことが起きる。それは嫌というほど経験させられた今までの経験ゆえだ。番人である彼が指令を知らなかったのも今なら分かる。――すべて彼女の仕業だろう。
「――おい、魔女」
呼べば金色の瞳がすぐさま睨みつけてくる。
「誰が魔女だ。このクソガキ」
「はあ? 誰がクソガキだよ!」
「お前だ、お・ま・え」
「わりいけど、俺には枢木スザクって言うちゃんとした名前があんだよ!」
「は! お前なんぞ、クソガキで十分だ。それとも、坊やとでも呼んでやろうか?」
本気で殴ろうかと拳を握った時だった。深い溜息が聞こえてきて振り返る。見えたのは気だるそうに前髪を掻きあげた番人の姿だった。手に持っていた本を窓辺に置き、魔女の名を呼ぶ。
「――――CC、ふざけるのもほどほどにしろ。それで、今回の指令はどこだ?」
番人の問いかけに魔女は赤い唇を歪め、囁く。
「――ブリタニアだ。時間は皇歴2018年。場所は日本――東京だ。時の歪みが限界まで達している。歪みの原因を発見し、すぐさま排除せよとの指令だ」
ブリタニア――その名を耳にした途端、番人は秀麗な顔を露骨に歪めた。忌々しいと言わんばかりの表情に青年は虚を突かれた。
何があってもほとんど顔色一つ変えない癖にと半分感心していれば、深い地の底まで届きそうな溜息にはっと我に返る。番人は億劫そうに前髪をかき上げるといつも首に下げている鍵を取り出した。その仕草にやたらと顔に熱が集まる。番人である彼と共にいると時折感じるそれ。霞がかった思考の向こうにあるその感情。手を伸ばし、一歩踏み出せばきっと知ることは叶うだろう――それ。けれどそれを知りたいと望む自身が存在する側、頑なに拒絶する自分がいることにスザクは気付いていた。鬩ぎ合う対極の心の行く先は何時だって過去の番人――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。
「―――何だ、しかめっ面なんぞして」
声の先を見やれば、番人が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
「……別に、何もねーよ。それより指令だろ? さっさと行こうぜ」
金色の鍵が番人の手から離れる。そうして床に吸い込まれると同時に現れたのは重圧な扉である。地響きを纏いながらゆっくりと目の前にそびえ立つ。
扉の中央に書かれた文字は
“Sacred Empire of Britannian”
ゆっくりと開かれる扉に青年は翡翠の瞳を細めた。