世界を統べる者
「なあ、あいつ、あれで幸せだったと思うか?」
元の世界に戻るため、扉をくぐる。直ぐ傍を幾億もの記憶が光となって通り過ぎてゆく。はじめに感じた眩暈はもはや感じはしない。この通常より数倍にもなる適応能力がここにきてようやく役に立ったのだから、この世界の理の歪みは相当なものなのだろう。
前ゆく番人はちらりと後ろにいるスザクに視線をやり、アメジストの瞳を細める。
「何だ、いやに傷心的だな。奴らにほだかされでもしたか」
ふんと鼻を鳴らすその姿にスザクは顔を顰める。
「どういう意味だよ?」
「――別に、そのままの意だ。そんな風にいちいち揺らいでいたら身が持たないぞ。貴様は死を司る者だと忘れるな」
「――っ! わかってるって! うっせーな!」
どうしてか本当に不思議だが、目の前の番人を前にすると募る苛立ち。他の番人と同じやりとりしたとしても此処まで苛立つこともないと断言できるほどだ。胸の中がもやもやして堪えれば堪えるほど広がるのは苦みに似た痛みだ。
(こいつの言ってることの方が正論なんだけどな)
湧きあがる苛立ちにふっと息を吐いた時だった。
「――あの騎士が望んだ結末ならば、それでいいのではないか」
「―――え?」
鬱陶しそうに襟にかかった黒髪をかきあげながら、番人が独り言のように呟く。
「奴は言っていただろう? 自分の幸せは彼の皇帝と共にある、と」
「―――そんなこと言ったか、あいつ」
「だから貴様は馬鹿だというんだ。直接的に発せられなくとも、あの男の言葉の端々からにじみ出ていただろうが。」
ふんと鼻を鳴らし、自分に向け言い放ってくる。遠慮の欠片もない物言いは、相も変わらず絶好調のようだ。
(こいつ~~~! まじムカつく! 落ち込むとかそういったまっとうな精神はねーのか、ちくしょ!)
今度こそ言い負かされるものかと意気込みながら、眼前にみえる細い背を睨みつけた時だった。振り返った番人の瞳をかち合う。その瞬間、スザクははっと我に返った。こちらを見据えるアメジストは一点の曇りもなく。さきほど見た彼らの瞳と同じ輝きを秘めていることにようやく気付いた。
(何だ、こいつ――。あいつらと同じ目をしてやがる。まるで――。)
――まるで。そう続いた言葉が胸の奥の方で止まる。いま、何を思っていたのか自分でも理解できない。それ以上は考えてはならないと誰かが囁いている気がする。
「何を呆けている。ほら、ぐだぐだ言っていると時の流れに攫われるぞ」
目の前に感じた時の衝突した音にはっと我に返る。時折、発生する時と時の衝突。それは光の渦を生み出し、夜空に時折発生する虹になるという。
目の前で起こったそれは火花を散らしスザクの鼻を掠める。ちくりとした痛みに顔を歪める。
「――いつまで呆けているつもりだ? さっさと戻るぞ」
「分かってるよ!!いちいちうるせー!!」
時の流れが行き交う中、死神の名を背負う青年の叫びが時の挟間に響き渡った。