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In These Arms

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In These Arms

 風で、土煙が舞う。
 荒涼とした土地だった。全くの平地ではなく、丘や小山程度の起伏はある。細い川も流れているが、痩せた土は開墾に苦労するだろう。こういう土は、耕しても耕しても、なかなか豊かにならない。
 それでも人は、集落を作り、細々と生きている。
 人というものは一種の化け物だ、と公孫勝は思っていた。どんな厳しい環境にも耐える強さも人のものだが、欲望や享楽にあっという間に堕ちていくのも人だ。したたかで逞しく、際限なく貪欲。どのようにも変化し、どんな環境にも順応する。生き抜く本能は動物の比ではない。清く高潔であるのも、薄汚く醜悪であるのも、死にたがるが死ねないのも、人であるが故だ。
 丘の向こう側に、影が見えてきた。あれが史進の軍の駐屯地だろう。目を凝らすと、川で馬を洗う兵たちの姿が見て取れた。史進の軍は林冲の騎馬隊を吸収していて、すべて騎馬だったはずだ。
 梁山泊が陥落して以来、残った軍は流浪を続けていた。青蓮寺による残党狩りが苛烈で、ひとところにとどまることができないからだ。
 兵糧や必要最低限の物資は、今の梁山泊・・・南方で、李俊の部下が商いをしている場所が、現在の拠点のようなものだが、そこから届けられる。兵站線と、銭を生む塩の道は生きているのだ。だから、軍が飢えてただの野盗になることはない。
 だが、梁山湖に拠っていた頃に比べると、どこか荒んでいた。呼延灼軍などは、しっかりとした軍規があるのに、それでも荒んでいると感じる。あらくれの史進軍となると、どこか薄汚くなっているほどだ。貧しいわけでもみすぼらしいわけでもないが、以前のような輝きはない。青蓮寺の追手から逃げる戦ばかりなのも、兵たちの精神に影響しているのだろう。
 公孫勝は、各軍の様子見も兼ねて、指示や情報を伝えるために各地を回っていた。しばらくは呉用の考えた仕掛けの準備に奔走していたが、それも終わり、無事に呉用を江南の村に潜入させた。少しの間、呉用から目を離していられる。
 呉用は、死んだことになっていた。
 梁山泊陥落時、呉用は死のうとしていた。嘘をついて他のものを脱出させ、自分は炎上する聚義庁に戻ったのだ。公孫勝は呉用が戻って行く姿を見ていた。死ぬ気なのだとも思った。
 それが、焼けただれ顔が崩れた状態で、生き延びていたのだ。
宋軍に占領された梁山泊から抜け出した呉用を見つけたのは、公孫勝と戴宗だった。しばらくは療養が必要だったし、呉用が生きていることは、本人の意思もあり今まで内密にしている。それに今は、呉用は全くの別人となって、南の小さな村で暮らしている。
 これから会う史進は、呉用の生存を知らない。知っているのは、助け出した公孫勝と戴宗、それと南の太湖で水軍と拠点を統括している李俊だけだ。
 史進の軍の兵たちは、公孫勝の姿を見ると、そのまま陣営を通してくれた。史進の元にも伝令が走る。
「こいつは、めずらしい顔が見れたもんだ」
 上半身裸の史進が、自慢の愛馬、乱雲を馬をひいてやってきた。史進も兵たちと一緒に馬の体を洗っていたようだ。まだ十代の頃に入れたという背中の竜の刺青は、三十をとうに越えた今でも褪せることなく、史進の大きな体を彩っている。
「のんびり旅しているとは、致死軍は暇なのか?その割には青蓮寺の追跡は絶えないがな」
 旅の商人に扮している公孫勝を見て、史進はふんと鼻を鳴らした。
 どことなく、林冲を思い出させる仕草だ。
「その青蓮寺の情報と、呼延灼からの書簡を運んできた。静かなところで話したいんだが」
 人払いをほのめかすと、史進は面倒臭そうに溜息をついた。
「幕舎はこっちだ」
 乱雲を部下に引き渡し、ついてこい、と顎をしゃくった。
 案内された場所には、簡素な幕舎がいくつか建てられていた。
 史進の軍に限らず、呼延灼も張清も、ひとところに長く留まっていられない。どんな場所にいても、すぐに青蓮寺が嗅ぎつけてしまうからだ。だからしっかりした兵舎がある軍営は作ることができず、せいぜい幕舎で寝起きするくらいだった。
 幕舎の中は外見と同じくらい簡素だった。樽の上に板を置いて、卓代わりにしている。床にも大きな板があり、軍袍らしき服が投げ出してあった。寝台として使っているのだろう。
 兵の一人が、椀に水を入れて持ってきた。二人分、卓に置いて出ていく。
「で、その情報ってのはなんだよ?」
「開封府に潜伏している部下からだ。青蓮寺の調査の手が、南へ伸びる気配がある」
「ほう」
 青蓮寺は今まで、梁山湖の周囲から西や北を念入りに追跡していた。雄州、代州や子午山など、梁山泊にゆかりの深い地が多く、かつての塩の道も北を通っていたことが多いからだろう。それは早くに想定しており、呉用は梁山泊陥落前に、女子供をいち早く江南に移していた。だから、今拠点と呼べそうなものはむしろ南にある。
「やつらが気づいたということか?」
「それはどうかな。もう探しつくして、残るは南しかないというだけではないかと私は思っている」
「じゃあ、あてずっぽうってやつか。青蓮寺もたいしたことねえな」
「それで、北に塩の道を一本見つけたという偽の情報を流した。お前の仕事は陽動だ、史進」
「陽動?」
 史進が眉を寄せた。
 史進の騎馬隊が塩の道を守るかのような動きを見せることで、偽の情報は真実味を帯びる。塩の道の担当者役として致死軍のものがすでに潜伏していた。それらを、まるで青蓮寺の手から逃れるように演じながら撤退させる必要がある。今の青蓮寺なら騙せるだろう、と呉用が作戦をたてたのだ。確かに、李富自身は手ごわいが、彼の下に大したは人物はいない。
「詳しいことは、呼延灼の書簡に書いてあるだろう」
 公孫勝から詳しく説明するつもりはなかった。
 史進は公孫勝が差し出した書簡を受け取り、一読すると、すぐに卓の上に放り投げた。おそらく、根っからの軍人の呼延灼は、細かく作戦時の連携について記してきているのだろう。史進は、かっちりと決まった作戦や指示を煩がる所がある。
「なんだか、久々に作戦らしい作戦だな。梁山湖にいた頃みたいだ」
 ずっと、逃げる戦ばかりだった。駐屯地に宋軍が近づいたら場所を移す。同志やかつての梁山泊の民が潜伏している村が宋軍に発覚したら、彼らを逃がすために軍が出動する。作戦のたてようもないような、単純な逃亡戦ばかりだった。
 公孫勝は、口元を少しだけ歪めた。さほど複雑ではないが、確かに呉用らしい、理屈で捏ねあげたような部分がある作戦だった。呉用の生存を知らない史進でも、何か感じるものがあるのかもしれない。
「双鞭が、面倒なことを色々言ってきやがる」
 史進が舌打ちした。
 林冲が舌打ちするのと、仕草がよく似ていた。
 二人は、背丈も同じくらいだった。棒と槍との違いはあるが、同じ長物を得物としているせいか、筋肉のつき方や体格も似ている。後ろ姿でそんな仕草をすると、嫌でも林冲を思い出させた。史進と林冲は兄弟のように仲が良く、いつも二人でつるんでいた。一緒にいると、仕草や話し方も似てくるのかもしれない。
 だが、聞こえる声は林冲の声ではないし、顔も似ているわけではない。
作品名:In These Arms 作家名:いせ