Love of eternity
2.
ある日のこと。
一通り訓練を終え、アイオリアが本当は黄金聖闘士だとは知らないまま、親しくなった仲間たちの誘いも断り、アイオリアは気に入りの場所を目指していた。
聖域より少し外れたところにある秘密の場所である。
崩れた大理石に草花が覆う、人気のない隠された小さな神殿である。どういった趣旨で造られたものなのかは今も判らないのだが、幼い頃アイオロスに教えてもらい、一人になって考えたいときに時折だが、訪れるようになっていた。
兄と自分だけしか知らない秘密の場所。
そこはアイオリアにとって、己の聖域と呼ぶに相応しい場所だった。だからこそ、まさかその場所に招かれざる客がいるとは思いもよらなかった。
(……人の気配!?)
いや、正確に言えば気配など全く感じさせないでいた。ただ聴こえてくる歌声に人がいるのだということを察知したのである。
(一体、誰が?)
悲しい旋律を伴った美しいソプラノが風に乗り流れ聴こえてきた。忍び寄り、その歌い手の姿を捉えると、アイオリアは驚きのあまり飛び出してしまいそうになった。
崩れた大理石に腰をかけていたのは、神話の時代の神々の衣装のような異国の衣装を纏っている者だった。
すぐに思い当たる人物の名。
しかし、彼がこのように歌う姿を当然の事ながら、今まで一度も見たことがなかったし、このように見事な歌声であるとは思いもよらなかった。それに幼い頃の記憶とはほど遠い姿なのである。
真直ぐに伸びた柔らかな金色の輝きを放つ髪。アイオリアの記憶に残るそれは肩の長さだったもの。だが今は腰が隠れるほど長く、すっと綺麗に伸ばされた背から、身の丈も随分と伸びやかであるようだった。
細い身体や着ている服にも問題があったのかもしれないが、実に中性的で場所が場所だけに、女神が舞い降りたのかと勘違いしそうになったほどである。
眩しいほどに成長した、かつての同僚の姿に目を細めながら、鼻の奥がツンと痛くなった。
―――共に在れたなら、どんなによかったであろう。
今、改めて知る己の本心。
幸せだったあの頃。
戻ることのない残酷な時の流れ。
もしも、あの事件がなければ。
きっと同じ位置にあって、共に言葉を交わすことができたはず。
今もこうやって身を潜める必要などなかったはず。
ずっと虚勢を張っていただけなのかもしれない。
でも、きっと、いつか、必ず―――。
様々な思いがアイオリアの中を駆け巡った。こみ上げる胸の想いを、シャカはまるで鏡に映し出すがごとく、旋律にのせて歌い上げる。
その歌をずっと聴いていると胸が締め付けられそうになり、思わず飛び出して、叫んでしまいたくなるほどであった。
やがて静寂が訪れた。すでに日は傾き、周囲は薄暗くなりつつあった。
「―――リア」
アイオリアがはっとしてシャカを見ると、彼は少し悲しそうに微笑んでいた。
「シャ……カ……」
すっと白い腕が前に差し出される。こちらに来いということだろう。だが、アイオリアは顔を横に振った。
今はまだ―――そばには行けないのだと。
精一杯の笑顔をアイオリアは浮かべてシャカの歌を褒めた。
「おまえがあんなに歌が上手いとは知らなかった!本当に、素晴らしく良いものを聞かせてもらった。ありがとうな、シャカ。でもな、もう少し、こう…明るい歌を歌えよ。あんまり、切ないじゃないか……あんな……まるで―――ちきしょう……っ!」
堪えていた涙が一気に溢れ出す。嗚咽が静かに響く。
シャカは動く気配のないまま、静かにアイオリアを見守っているようであった。
やがて、アイオリアの嗚咽が納まった頃、ゆっくりと口を開いた。
「―――私はここにいる。アイオリア。おまえが眠るとき、囁きを与えよう。寒さに凍えるとき、暖めよう。悲しみに震えるとき、おまえを抱きしめよう。君が送るどんなサインも、最後の最後まで受け止めよう。だから、アイオリア……君は忘れないで欲しい。いつでも、どこでも、決して君は一人ではないのだということを」
凛と咲き誇る気高い乙女座の言葉のひとつひとつが、アイオリアの心に沁み込んでいく。
本当はずっと欲しかった言葉なのかもしれない。シャカが与えてくれたのは言葉だけではなく、かけがえのない心。俺はきっと、どんな困難も乗り越えてみせようとアイオリアは心に誓った。
そして、いつか同じ言葉を心からおまえに贈ろうと。
「シャカ、ありがとう」
顔を上げて、シャカを見る。シャカは圧倒するほどの鮮やかな笑みを浮かべていた。アイオリアも応えるように、涙を零しながらも、晴れやかに満面の笑みを浮かべてみせた。
Fin.
作品名:Love of eternity 作家名:千珠