現実と欲望と天国の間
少女は、自分の身に起こった血塗られたあの日の思い出を思い出していた。
封印してしまった遠い記憶。
起きるとそこはいつもの花のベッドではなく、シルクの掛け布団が掛けられたさらりとしたヘッドの上だった。
目を開けると、ベッドの端に腰掛けている、あの青年と目が合った。
長い時間一定の距離を保って少女に近づかなかった神官服の青年。
そして、ここは秩序ある世界の豪華な屋敷の一室だとわかった。
外を見ると、大きな雨でなく、小雨がぱらついていた。
あの少年に出会うまで、この青年だけが、少女の現実だった。
「リナさん。
見てしまったんですね・・・。」
青年は目が開いた少女の髪を優しく撫で、慈しむようにいその頭にキスを落とした。
「ゼロス・・・。」
「そうだったの・・・
あたしの最後は、あんたがあたしを殺したんだ。
そしてあたしの体を食べた。」
青年は硬く目を閉じた。
遠い昔を振り返っているようだった。
やがて、決意したように重い口を開いた。
「そうです。
僕はあなたを自分だけのものにしたかった。
いまやあなたの体は僕と同化している。」
「でも、魂は?」
「そう、魂は天国に行くはずだった。
それが許せなかった僕は、あなたの魂を捕まえた。」
青年は少女の髪を触り続ける。
耳元でささやきかけるような声。
「天国とこの世界の狭間に。
僕が作った広がりのある無限の空間に。」
「天国とこの世界の間・・・。」
少女はゆっくりとその言葉を反復した。
「長い長い時間の間。」
「僕はあなたを捕らえ続けたのです。
あなたは僕を許さないでしょう?」
その言葉に少女は激しく首を振った。
「いいえ。いいえ。
あたしは、あんたを恨まないわ。」
「え・・・」
「あたしは長いこと、あんたの作った世界にいた。
ずっと独りきりだったけど、あんたの存在を感じてた。」
「あんたの優しいまなざし。
あたし、ずっとあんたをあの世界の神様だと思っていたわ。」
「馬鹿な・・・」
「あんたに何度も話しかけようとしたけれど、あんたはすぐに消えてしまう。
だからあんたの気配を感じてた。
長い間、あたしはあんただけが自分以外の存在だった。
今ならわかる。
長い長い月日をあたしを見守るあんたの気持ちが!」
そう。
遠い遠いあの日、ガウリイとの婚約が正式に決まった。
あたしは、ガウリイの事を愛していて、あんたの気持ちにこれっぽっちも気がつかなかった。
いつでも、うるさいぐらいにあたしの周りをうろついていたのに。
だから唐突に、「魔族になって、来てください。」といわれたときに、「なに寝ぼけたこといってんの?」と言って笑って拒否をした。
『絶対にお断りよ。』と言って。
その言葉をだけを言うあんたにどれほどの気持ちがあったのだろう。
考えてもみなかった。
少女は青年を抱きしめていた。
「はじめからこうしていればよかったのよ。」
「ああ、あなたから暖かな心を感じる。
僕を許してくれるのですね?」
「ええ。
許すわ。」
そして、より一層強く抱きしめる。
「そして、永遠にあんたを愛していくわ。」
リナはそのまま青年の頬を両手で挟んだ。
青年の瞳を遠慮なく覗き込んだ。
彼の瞳は深い紫水晶の色をしていた。
深く口付けた。
今この瞬間、あなたの愛を魔族の僕の胸にも感じる。
優しい気持ちが僕の胸の中に流れ込んで・・・
青年は紫水晶の瞳から涙を流した。
次に彼の体はさらさらと砂のように崩れ落ちて行った。
その砂はキラキラと星のように瞬き、最後の光が終えると跡形もなく消えて行ってしまった。
その瞬間にこの世界は暗転し、
やがて少女に自由が訪れた。
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『現実と欲望と天国の間』を最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
またもやちょっとひどい話でしたが、楽しんでいただけたでしょうか?
ちょっとサイコちっくなものいいかな?と思いまして。
昔に、プレイしたゲームでリンダキューブというものがありまして、
その最後のセリフにヒュームという人物が「愛するふたリはいつも一緒。」といって、愛する人を自分の体にくっつけてしまうという衝撃的なシーンが私には忘れられなくて、
私の小説のほうは、合成するとはわけがちがいますが、
愛する人は食べてしまいたいくらいにかわいい。を、モットーに。リナちゃんを本当に食べてしまうなんて、これもまた究極の愛の形では?なんて~妄想だけで終わらせましょう。ちなみに、最後にゼロスが消えたのは生の感情をまともに感じたから?たぶん。リナちゃんも長い時間一緒に時をすごせばゼロスのことを好きになるんです。これもたぶん。
では、次の作品で。
作品名:現実と欲望と天国の間 作家名:ワルス虎