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闇夜の蜜

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あるところに、紅い髪の男の子と蒼い髪の女の子がいました。
二人は物心つく頃からいつも一緒で、実の兄妹のように仲睦まじく育っていきました。
やがて二人は少年少女へと美しく羽ばたき始め、互いに芽生えた想いに名が付けられた頃、突然二人の目の前に双子の黒兎が現れてこう言ったのです。


「おめでとうございます!あなた方二人は今日から兄妹になるのです!」


永遠に一緒ですね、と、残酷なまでに無邪気な声で言い放ちました。
家族に、なる。それは想像し得なかった形での、絆。
二人は絶望の淵に立たされたのです。
追い詰められた二人には、もう残された道はありません。

「それでは、幸せな世界へ、いってらっしゃい!」

とん、と満面の笑みで胸を押され、真っ青な海に突き落されました。
二人を結ぶ鮮血の糸は引き裂かれ、二度と繋がれる事はありませんでした。




我が家に向かう足取りは重く、携帯の画面に浮かぶ文字に頭がガンガンと鳴り響く。


双子の妹の名前で埋め尽くされている着信履歴。
そして、最後に受信していたメールの内容に目を走らせて舌打ちする。
“もうしらない”と素っ気なく書かれた短い文を、頭の中で幾度も反芻する。
いや、そうするまでも無くその意味は嫌でも理解できた。
遅くなるなら連絡しろとしつこくクギを刺されていたのに、それをしなかった自分が完璧に悪い。
灯りの点っていない静かな我が家に、少しの安堵と悲嘆を織り交ぜながら足を踏み入れた。


暗闇に飲み込まれた室内に、すうすうと健やかな寝息が響いている。
気配のする方へ、壁伝いに足音を立てぬようそっと近付く。
伏せられて浮き彫りになった長い睫毛が、暗闇に慣れ始めた目に微かに映し出される。

「晶馬、ごめんな」

呼んでみたってそれに応えてくれる声の主は夢の中。
規則正しく上下する身体をぼんやり見詰め、柔らかい唇に軽く触れる。
一番触れたいのは、今日抱いた女でも誰でもない、近しいコイツなのに。
それが出来るなら、この暗く寂れた家で一人俺の帰りを待つ妹の寂しさは拭えるはずなんだ。
だけど、それは運命として俺を阻む。


あの日、誓い合った幼い日。
俺たちは一度だけ唇を重ねた。
それは拙くぎこちないものだったけれど、確かに心の奥深くに刻まれている。

『約束だよ、冠葉』

触れた唇がそう言って、涙が頬を伝っていった。
零れ落ちる透明の滴は、それはそれは綺麗な結晶だった。

作品名:闇夜の蜜 作家名:arit