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たった一つの冴えたやりかた

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どうやってそこまで行ったのかはわからない。気づくと自分は新羅の家で自分の死体と向き合っていた。まちがいない、自分だ。物心ついてからこのかた、鏡と向かい合うたびに見てきた顔がそこにある。着ている服も、今朝自分が選んだ服だ。黒いカットソーに黒いジーンズ、黒いブーツにいつものファーコート。そのすべてがまっかな血に染まって異臭を放っていた。どうやら肩と腹、ふとももに銃弾を喰らったらしい。あきらかに出血多量だった。もしかしたらショック死かもしれない。しかし死体がここにある以上、あいつはこの体を引きずってここまではやってきたんだろう。ならショック死ではないか。いや、そんなことはどうだっていい。なんで。俺がいろんなところから恨みを買っていたのは本当だ。数えたことはないけれど、俺のことを恨んでいる人間なんてきっと浜辺の砂ほどいるだろう。「楽しいこと」だけを追い求める人生の中で誰のことも傷つけずに来た、なんて言うつもりはない。むしろ傷つけられるだけ傷つけてきた。痛みに染まる表情を見ることが楽しかった。笑い声も悲痛な叫び声も俺にとっては同じだけの価値があった。いつだって楽しく生きてきた。だから殺される覚悟だっていつだってしてきたつもりだ。けれどまさか、まさか俺でないときに殺されるだなんて。呆然と立ち尽くす俺に新羅が、君は彼を大嫌いだって言ってたけど、彼がね。と言う。彼が、最後に呼んで欲しい人はって聞いたら、静雄だって言うから。シズちゃんに渡したいものがあるんだって、それで。君を呼ぶって言ってコールしたらうれしそうに笑って、そのまま死んじゃったんだ。
意味がわからない。なんでシズちゃんが俺の体で死んで、俺に渡したいものがあるから会いたいなんて言うんだ。そんなの昼間会ったときに渡せばよかったじゃないか。俺はヨロヨロと自分の姿をしたシズちゃんの死体に近づく。まるで顔だけかばったかのように、俺の顔にはかすり傷ひとつ付いていなかった。まっしろな肌の中黒々としたまつげが瞳を覆っている。あの中にはまだ、昼間見た紅い凪いだ瞳が眠っているんだろうか。俺は自分の死んだ体を探っていく。痩せた体だ。血がまだ乾いていなくって、俺の手はひどく赤くなった。ポケットにいつも仕込んでいたナイフはすべて使われていなかった。シズちゃんは最初からこの体を使って死ぬつもりだったんだ。走り出して行ったのは大通りだった。きっとあのあとわざと目立つように行動したにちがいない。俺がシズちゃんの体で大暴れしたのとおなじように。カットソーにもコートにも、シズちゃんが俺に渡したかったっていうなにからしきものは見当たらなかった。なんなのいったい、思わず呟きながら視線を下げると死んだ左手にぎゅっと紙が握られているのを見つけた。シズちゃんの体の怪力を使ってムリヤリその手をこじあけ、中の紙を取り出す。くしゃくしゃになったその紙には、汚い乱雑な字で、「おまえを信用する。平和島静雄」と書かれていた。
本当に意味が、わからない。

ねえシズちゃん、君は、俺にこの体を託して、いったいなにがしたかったの。なにが、望みだったの。俺の体ごと自分を殺したかったの。俺のなにを、信用しようとしたの。
「おまえがあと1%でも信用できるヤツだったら」
よく言われた言葉だ。会うたび言われた。信用なんて糞喰らえだと鼻で笑った。
「…もっと俺たちはうまくやれたんだろうになァ」
そんなこと望んでないよといつも思った。だからこうなったんだ。そうだろう?それともシズちゃんは、俺とうまくやっていきたかったとでも言うの?仲良くしたいって?
「…わかんないよ……」
わかんないよ、シズちゃん。ねえ、俺の体を返してよ。シズちゃん、君は最後まで俺の想像もつかないナニカのまんまだ。俺に体を返して、ちゃんと自分の体で自分の言葉で説明してよ。俺はこのままじゃなにも、なにも納得できない。できないよ。このとても死ねそうにない体で、君もいないままじゃ、どうして生きていけばいいのかもわからない。
俺は泣けもしないまま、ただ自分の死体を抱えて、シズちゃん、シズちゃんと繰り返した。俺の体からは、血のにおいに混じって、シズちゃんがいつも臭え臭えと毎度わざとらしく言ってみせた、気に入りの香水の匂いがした。俺はこの衝動をどう逃がせばいいのかすらわからず、ひたすらに強く、体を抱いた。