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手の平の温度

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さっきから柳さんは俺のことを無視している。
無視しているというより忘れているのかもしれない。
2人で話しながら歩いていると、突然青学の乾さんに出くわして、柳さんはずっと乾さんと話し込んでいる。
2人が幼馴染だということは知っていたが、幼馴染とはこんなに仲がいいものなのか?
さっきからあれだのそれだのの代名詞だけで会話が成り立っている。
しかも心なしか柳さんも俺と話すときよりも楽しそうにしているように感じる。
2人が話しているところを見ていると段々イライラしてきた。
「柳さん、俺先に先輩達の所戻ってますね。」
柳さんは何か言おうとしていたみたいだったが、俺はそれに構わず柳さんに背を向けて走った。

どこまで走っただろう。
先輩達の所へ行くと言ったが、さっきからずっと下ばかり見て走っていたからここがどこだか分からない。
しばらく走っていると、誰かにドン!と思い切りぶつかり尻餅をついた。
「いって・・・ったく、なにもかも超最悪なんだけど。」
「それはこっちのセリフだろぃ。」
聞き覚えのある声が目の前から聞こえた、と思ったらその声の主に腕を引っ張られて無理やり立たされた。
「ちゃんと前見て走れよな。危なく怪我するところだったじゃん。」
そっと声の主を見ると、先輩の丸井先輩だった。
「お詫びに帰りにパフェ奢れよ!・・・とか言おうと思ったんだけど、何かあったのか?」
俺はビク、と思わず体を震わせてしまってから何でもないように笑ってみせる。
「何でもないッスよ。ちょっと慌ててただけッス。」
しかし丸井先輩は嘘だ、と俺の顔を覗き込む。
「何もなかった奴がそんな顔してる訳ねぇだろぃ。」
「・・・俺、そんなにひどい顔してるッスか?」
丸井先輩は大きく首を振って頷く。
「いつも以上に情けない顔になってるぞ。」
そう言うと、今度は心配そうに俺を見る。
「どうした?俺でいいなら相談のってやるぞ?」
俺はいつもの丸井先輩らしくないその優しい気遣いにさっきまで強張っていた気持ちが急に緩んで思わずポロ、と涙を零してしまった。
「おまっ!泣くことはねぇだろぃ?」
「だって、・・・丸井先輩が珍しく優しいから。」
「いつも俺がひどい奴みたいじゃん!って、もういいから人がいない所行くぞ!!」
丸井先輩は俺の腕を掴んで歩き始めた。
俺はされるがままただ丸井先輩について行った。

少し離れた所に丁度ベンチがあったため、そこで落ち着くことにした。
丸井先輩にしては本当に珍しく、近くの自販機でジュースまで奢ってくれた。
「少し落ち着いたか?」
そう聞いてくる丸井先輩に俺は小さく頷いた。
「で?何かあったの?」
丸井先輩は俺に気を遣ってかさり気ない風を装って聞いてくれる。
俺は柳さんと乾さんのことを丸井先輩に話した。
丸井先輩は元々俺たちが付き合っているのを知っていたため驚いた様子も見せず、ただ俺の話易いように黙って俺の言葉に耳を傾けていた。
全て話し終わった後、丸井先輩はふう、とため息をついた。
「つまり、お前はやきもち妬いて走って逃げて来たわけね。」
逃げて、という言葉に少しギク、としたけど本当のことであるから否定はしなかった。
「話の内容分からないからなんとも言えないけど、それって勘違いじゃないんじゃね?」
俺はビク、と体を振るわせた。
やっぱり柳さんは俺より乾さんといた方が楽しいんだろうか。
「小さい時は何も思わなかったけど、今日久しぶりに会って好きになったとかそういうのじゃねぇの?」
俺は黙って丸井先輩の言葉を聞いていた。
「確かに、ただの幼馴染にしてはかなり意思疎通出来てるし、ただの友達っていうほうがおかしい・・・」
「もうそれ以上言わないでくださいっ!!」
俺は両耳を自分の手で塞いだ。
何となく本当の答えを言われるみたいで怖かった。
「・・・赤也さぁ、俺と付き合わねぇ?」
だから丸井先輩にそう言われた時、一瞬反応が遅れた。
冗談かと思って丸井先輩を見たが、真剣な顔をして俺を見つめていた。
「俺の方がお前と気合うし、俺の方が絶対に柳より幸せにしてやれる自信あるし、それに俺ならそんな顔絶対にさせない。だから・・・」
丸井先輩はそう言って俺に顔を近づけた。
キスするつもりなんだって分かったけど避けようとはしなかった。
丸井先輩と付き合った方が傷つかないんじゃないかって考えてしまったから。
でもすぐそれは違うと思った。
確かに丸井先輩は俺を大事にしてくれるかもしれない。
でもそれは付き合う理由にはならない。
たとえどんなに傷つくことがあっても、俺が柳さんを好きで一緒にいたいと思ってる。
そう気付いたが少し遅かった。
丸井先輩の顔がもう近くにあって避けられる距離じゃなかった。
突き飛ばすことは容易だろうが、好きではないとはいえ先輩として俺のことを可愛がってくれる丸井先輩に怪我をさせたくなかった。
もう少しで唇が触れる、そう思った時俺は思わず目をぎゅっと瞑った。
そしてそっと触れるだけのキスをされた。
俺は柳さんに罪悪感を抱いたが、目を開いてからそれは一瞬で消し飛んだ。
俺にキスをしたのは丸井先輩ではなく柳さんだったからだ。
丸井さんはというと柳さんに顔をぐい、と後ろに押しやられていた。
ポカンとしている俺をよそに柳さんは丸井先輩を見る。
「俺がいない間に赤也にちょっかいを出すのは止めてもらおうか。」
柳さんが珍しく怒っている。
表情には出していないが声に怒りが混じっている。
「お前が悪いんだろ。お前が赤也を泣かせるから、だから俺が・・・」
丸井先輩は言葉を最後まで言い終わらぬうちにふい、と顔を背けた。
「それでもお前が赤也をもらっていい理由にはならない。」
柳さんはそう言うと、俺の腕を引っ張って立ち上がらせた。
「赤也が世話になったな。」
そう言うと、柳さんは俺の腕を掴んだまま歩き出した。

「柳さん!ちょっと待ってくださいよ!」
人気のない所まで歩いてくると、俺は無理やり柳さんを立ち止まらせた。
柳さんは立ち止まると、俺を振り返って抱きしめた。
俺が驚いて身動きできないでいると、柳さんは俺の耳元でささやいた。
「頼むから、あまり心配させないでくれ。」
そう言う柳さんの声はとてもか細くて、一瞬聞き間違いかと思った。
「丸井とお前がキスしそうなのを見た時は心臓が止まるかと思った。」
「・・・そう言うわりにはちゃっかり自分がキスしてたじゃないですか。」
俺がそう言うと柳さんは苦笑した。
「そうだが・・・少し遅かったら丸井とキスしてたんだぞ。」
「でもそのおかげで俺ちゃんと気付いたんですよ。」
何を?と言いたげな柳さんに、俺から柳さんの唇にキスをした。
「俺は柳さんが本当に好きだなって。」
俺は照れ笑いしながら言った。
柳さんは少し驚いた表情をしてから嬉しそうに微笑んだ。
「・・・そうか。それならよかった。」
俺たちは見つめ合って互いに微笑んだ。
「それじゃ、今度こそ本当に皆の所へ戻るか。」
そう言って先に歩いて行こうとする柳さんを慌てて呼び止める。
「それより、柳さんは乾さんと何話してたんスか?元はといえば柳さんが乾さんと楽しそうに話してるから起きたことじゃないスか。」
あれか、と柳さんはクスと笑って俺を見る。
作品名:手の平の温度 作家名:にょにょ