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水底にて君を想う 水底【1】

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己の手すら見えない闇。
 一条の光もなく。
 ただ静寂だけが支配する。
 望みなどもはやどこにもなく。
 ただ君だけを想う。
 この水底で。


水底【1】

「……くっ…ふっ……」
 褐色の肌を汗が伝う。
 苦しげに寄せられ眉。
 漏れる息は熱を帯びている。
 何度目かの寝返りをうって、賢木は観念したように目を開けた。
(何なんだ一体……)
 全身が重い。
 胸の上に手を置いて、神経を集中する。
(……別に異常はないんだが)
 サイコメトラーとしての感覚に引っ掛かるものはない。
 しかし、医者でもある賢木は首を傾げる。
 ただ症状だけを診たなら、異常があるのは間違いない。
 ベッドの上に身を起こす。
 時計は朝の四時を指そうとしている。
 賢木は重い息をつく。
 首筋に手をやれば、ベッタリと汗で濡れる。
(これで何日目だ?)
 ひどい息苦しさに起きる夜が続いていた。
 寝直すことも諦めて、賢木は洗面台に向かう。
 勢いよく水を出し、頭から浴びる。
 首筋を伝う水が、熱を冷ましていく。
 決して短くない時間、そうしていた賢木は鈍い動作で顔を上げた。
 鏡がその表情を映し出している。
(ひでー、顔。これじゃあ、女の子も近寄らねえわ)
 ぼんやりとそんな事を思う。
 暗い目。
 疲れている、というより敵意のある目。
 まるで世の中そのものに、牙をむいているようだ。
 ケンカばかりをしていた頃の自分の顔だと、賢木はため息をつく。
 乱暴にタオルで髪を拭きながら、ベッドを背に床に座る。
(……管理官に兵部の言っていたウイルスのこと、聞いてみっか)
 そんな事を考えながら、賢木は目を閉じた。
 頭の奥が鈍く痛んだ。


「はあー、やっぱさぁ、夏が終わると露出が減るよねー」
 学校からの帰り道。
 街を通り過ぎる女性達を目にし、心底残念そうな薫。
「かおる~、それ女の子の発想やないで」
「治すんじゃなかったの?」
「ええっ、普通だよね!?」
「「違う」」
 葵、紫穂の声が重なる。
「また、『スパ・ハワイアン・ガイア』にでも行く?」
「う~ん、でも皆本の奴、忙しそうだし。あたし達の小遣いだと厳しいしな」
「蕾ばーちゃんならいいんやない?」
「そっか、ばーちゃんなら」
 その手があったかと薫が手を打つ。
「残念、確か朝から出張よ」
「え~……!」
 突然、真剣な顔になった薫が二人の腕をつかみ、ビル影に飛び込む。
「な、なんや!?」
「シ。静かに」
 慌てる葵の口を押さえる薫。
「あら……賢木センセイ」
 紫穂は、こっそりビル影から顔を出し、ショーウインドウに背を預けて立つ賢木を見つける。
 誰かとの待ち合わせだろうか。
 時計を気にしている。
「ほんまや。何してんのやろ?」
 葵もこっそり、顔を出す。
「デートだよ。決まってるって」
 薫は決め付けて、同じように顔を出す。
 その瞳が好奇心で輝いている。
 紫穂はため息をつく。
「どーでもいいわよ、センセイなんて。それより、早く行きましょ。あまり遅くなると先に帰したティムやバレットが迎えに来ちゃうわ」
「えー、ちょっとだけ。せめて、相手が来るまで待とうよー」
 薫は唇を尖らせる。
「静かにせな、二人とも。賢木先生に気付かれてしまうやん」
 真剣な葵の声。
 薫ほどでなくても、かなり興味があるようだ。
 紫穂はそんな二人にしょうがない、と隠れたまま様子を伺う。
 と、賢木が誰かを見付けたのか軽く手を上げた。
「「おお!?」」
 薫と葵がビル影から身を乗り出す。
 現れた女性は、優しい笑顔をしていた。
 整った顔立ちだが、美人というほどでもない。しかし、どこかホッとさせる愛らしい女性。
 年の頃は二十代半ばだろうか。
(なんだか、皆本さんに少し似ているわね……)
 紫穂はそう思いながら、知らずのうちに胸を抑えた。
 何故か、不安になる。
 賢木が微笑む。
「……てか、先生がもてるの分かるわ」
「そやね」
 薫の言葉に葵が頷く。
 傍から見ていてもその女性に向けられる賢木の瞳が、優しく揺れているのが分かる。
 あんな瞳で見られたら、その胸に身体を預けたくなるに違いない。
「本命ってやつかな」
「そーなんとちゃう?いくら賢木先生でもあんな目で見つめる相手がそうそうおったら変やろ」
「そうだけど、何かあれってどこかで見てるような……」
 薫が首を捻る。
(そう、センセイが時々、皆本さんに向けてるのに似てるのよね)
 紫穂は口にせずに思う。
 ふとした時、優しい、としか言いようの無い瞳を賢木は皆本に向ける。
 皆本が賢木を見てない時に限られるようだけれど。
「もう、いきましょ」
 紫穂は軽く頭を振ると、まだ壁にへばり付いて、観察している二人を引っ張る。
 賢木と女性は、何か話しながら歩き出している。
 追跡したそうな薫の背を押しながら、紫穂はほんの少し振り返る。
 目立つ賢木の背中が人ごみの中へと消えていった。


 皆本はティムとバレットの検査結果を確認していた。
 本来なら賢木の役目だが、常時やっている検査なら皆本でも問題ない。
 急な用事だとかで、賢木は午後は休みをとっている。
 出ていく時の真剣な顔を見れば、よほどの事なのだろうと皆本は黙って見送った。
 ティム、バレットの超度なら毎回の検査は必要ないのだが、記憶の回復がいつ始まるかわからない以上、定期的に検査をする必要がある。
「二人とも、お疲れ。特に問題はないよ。また身長が伸びてるな」
 検査着から普段着に着替えなおしたティムとバレットを皆本が迎える。
「ありがとうございます。皆本主任」
「あれ?まだ帰ってきてないんすか、チルドレン」
 ティムがキョロキョロと辺りを見回す。
「ああ、どこか寄り道をしてるのかもな。ちさとちゃん達と一緒かも知れないし」
「そう、そうっすね」
 応えながらティムはバレットを横目で見る。
 いつもなら、護衛に戻る、とか何とか言いそうなのだが気にかかることでもあるのか、上の空だ。
「あの、賢木特務技官は?」
「賢木?あいつなら、午後は休みを取ってるよ」
「休み……、やはりどこか具合が良くないのですか?」
 バレットの言葉に皆本が目を丸くする。
「え、いやそんな話は聞いてないけど」
「そう、ですか」
 皆本はバレットに向き直ると、正面からその目を見る。
「何か気にかかることでもあるのかい?」
 軟らかい口調で、不思議と皆本の言葉は胸の中にすんなり入ってくる。
 バレットは躊躇った後、ゆっくりを口を開く。
「特務技官はここの所、体調を崩されてるのではないかと思います」
「えー、でもこの間のプールなんか邪魔なくらい元気だったじゃんか」
 ティムの抗議にバレットは頷く。
「確かにそうなんだが、違和感があるんだ。もしかしたら本人が気付いていないのかも」
「……それは、どうしてそう思うんだい?」
「体の動き、呼吸、付き合いが短いので絶対ではありませんが、どこかおかしいのは間違いないと」
 皆本は黙って、バレットを見る。
 まっすぐな視線が返ってくる。
 バレットは記憶を失くす以前、『黒い幽霊』の殺し屋だった。恐らくはそれ専用の訓練も受けているのだろう。洞察能力はかなりのものがある。