究極の選択
「ふたりで、ある任務に行ってほしいんだ」
呼び出されたふたりは……片方はびしっとして、もう片方は少しだるそうにして……紙を手にして立つ兄さんの前に並んでいた。
そのうちのひとり……びしっとしたほう……が、その言葉にぴくりと顔を引きつらせて言った。
「ま、まさか無人島に? ……じゃ、ないですよね?」
おそるおそるといったふう。
壁際でそれを見ていたリーバーさんと私は顔を見合わせて小さく笑う。苦笑したといったほうが正しいかも。
兄さんはひらひらと軽く手を横に振った。
「無人島? ああ、違うよ。タイムリーだからそう思うかな。タイムリーって言ってもね。実は、リナリーには今回の任務に誰が行くのが適任かの調査を手伝ってもらってたんだ。だから、あの質問なの。もちろん、本当に無人島に行かせるわけじゃなくてね、今回の任務はちょっとチームワークが重要な仕事なんだ。後で詳しい説明はするけど、君たちふたりが選ばれた理由については……聞きたい?」
そこで、兄さんは無表情のまま、ひょいと首を傾げた。
「えっ、聞きたい! 聞きたいです!」
「そりゃ、あの質問からいったいどうしてそうなんのか、ちょっと興味はあるさー」
ひとりは本当に興味津々といったふうに身を乗り出して、もうひとりは逆に身を退いて苦笑して、それでもふたりとも顔に『?』を浮かべて尋ねた。
チームワークとは?
にこにこ笑顔でコムイは答える。
「それはねー、アレン君は『相手に死んで悲しまれる』のが嫌、ラビは『相手に死なれるのが嫌』って答えたでしょ。それなら、お互いかばいあって、無事にふたりとも生きて帰ってきてくれるだろうと思ってね。双方を生かして帰ってくれるっていうのかな。ほら、相性バッチリ! ね?」
ウィンクに、あきれたという様子は同じながら、考えることは違った。
「そんなことで……」
「あの質問で……?」
どちらも納得のいかない様子ながら、口元に皮肉げな笑みを浮かべて首をひねるラビと違い、アレンは素直に憤然として言った。
「誰と一緒だろうと僕だって生きて帰ってくる努力はしますよ! ってか、そんな過酷な任務なんですか? 死亡前提?」
『それでも行きますけど』と続けるアレンに、コムイは慌てて手を前に出して横にぶんぶんと振って答えた。
「いやいやいや、そうじゃなくてね、なんていうんだろう……観念の話? 詳しいことは後で説明があるよー」
『はー、参った』という様子で、アレンの口を閉じさせる。かわりに、待っていたかのようにラビが口を開いた。
「……俺、あんとき『本当に無人島に行けってんなら誰と一緒でも同じ』って答えたんだけど、それでこの結果になんの?」
『何か間違ってない?』と続けて言って、ラビは目で訴える。それをコムイは笑顔で一蹴した。
「誰でも一緒、なんでしょ? 誰と一緒でも頑張るでしょう、ラビは。でも、アレン君のことは特に心配なんだよね。こういう性格だから。それでああ言ったんでしょ」
ラビは目をすがめてリナリーを見る。リナリーは明後日の方向を向いて黙っている。ラビの『どこまで話したんだ』という視線に見向きもせず。
『こういう性格』と言われたアレンも不満げだ。『死亡前提の任務でも行く』と言ってしまったので自覚はあるらしく、口は開かないものの。
部屋に重たい沈黙が降りた。
コムイは文句を受け付けないニコニコ笑みを浮かべて首を傾げ、リーバーは苦笑いをし、リナリーはまだ顔を合わせないように横を向いている。
その場に、神田が入ってきた。
「邪魔するぞ」
パッと全員の視線が向く。それに不審げな目でじろりと全員を眺めまわしながらも、神田は最終的に無関係というようにコムイの机に一直線に向かい、紙をひらりと置く。
「これ、この間の」
「ああ、うん。ありがと」
用が済んだためにそのまま退出しようとする神田にふたりが食いついた。
「待ってください、神田!」
「ユウはなんて答えたさーっ?」
「は? 何がだ」
驚き、足を止めて振り向く神田。
「無人島の話ですよ!」
「リナリーに訊かれたろっ?」
「誰を連れていくかっていう!」
「なんて答えたんさーっ?」
アレンとラビが交互に口を開く。
「ああ……あれか」
訝しげな顔をしていた神田が、興味を失って、どうでもよさそうな無表情に戻る。そして当然といった様子ではっきりと言う。
「六幻」
アレンとラビが絶句する。いや、その場の全員が凍りついた。
『・・・・・・』
チーン。
不自然に固まった重たい空気に、顔をしかめながらも、神田は『決まってるだろ』と吐いて部屋を出ていく。
後に残された全員が微妙な笑みを口元に浮かべていた。
「……いや、それ人じゃないし」
当人のいなくなった部屋に、空しいツッコミが響いた。