ハツコイグラデーション2
ハツコイグラデーション(2)
こんにちは、佐伯祐介です。
俺は今、弱冠十二歳にして人生最大の岐路に立たされています。
事の始まりは中学の入学式でした。
小学生の頃に試合で会ったことのある、隣町のFCに居た子と再会したんです。
当時はお互い名前も聞かないままだったけど、相手は俺の愛称を覚えていたし俺もあの逢沢傑さんの弟だということはうっすら知っていました。
だから実に二年ぶりの再会とは言え事実上初対面も同然だったにも関わらず一気に仲良くなりました。
一学年上にお兄さんが居るので名字で呼ぶのも変だし、「駆」って呼んでます。
ところで一年生の一学期の予定には、課外活動の一環としてクラス単位での合宿という行事があります。
私立である分、あちこちから生徒が集まったから、馴染みの顔が居ないのはお互い様なので、早めに打ち解けさせようということなんでしょう。
大雑把に男女二グループずつに分けた中で、俺と駆は同じグループでした。
合宿に参加している間はボールが蹴れないので物足りなくはありましたが、それなりに楽しんで日が暮れました。
問題はその後に起きました。
と云っても、それが『問題』であることを知っているのは俺だけで、表面的には平和そのものだったんですけど。
夜、男子ばかり十人ほど集まった部屋で何の話をするかと言えば想像に難くないと思います。
ウチのクラスの誰それは80Cだの隣のクラスのセクハラ大王は触っただけでスリーサイズが分かる特技を持ってるだの……まぁそういう話題です。
後はどの子がイイか、好みのタイプはどんなだ、という話に自然とシフトして、俺は当たり障りなく一色妙子だと答えておきました。
正直今はサッカーしか頭にないけど、空気を壊すのも悪いので、年増好みの称号は甘んじて受けました。
半周ほどして駆の番になった時に、そういえば駆も大概のサッカーバカだしそんな話題も聞かないからどう答えるんだろう、と内心ヒヤヒヤして居たら、意外な言葉が飛び出してきました。
『クラスの女子の中には居ないなぁ。僕、小学生の時からずっと好きなヒトが居てさ』
『じゃあ離れて鎌学に来たんだ? 辛くね?』
『あ、偶然なんだけど、そのヒトも鎌学に居るんだ。むしろ小学校が違った』
『えっ、スッゲー奇跡じゃん! 逢沢、もうそれ告れよ! つーかもうした?』
『まさか。ていうか、この先も告白する予定ないなぁ……。
せっかくいい友達になれたし……ゴメンナサイだったら卒業まで気まずくない?』
苦笑した駆に『それもそっか』ってクラスメイトが引きさがって、告白するのしないのと云う話題はそこで終わりました。
だけどまさか駆から色恋沙汰の話題が出るとは思ってなかったんでしょう、出会いだのどこが好きだのとあれこれ情報を引き出して行こうとするクラスメイトと、ギリギリのところで特定されない程度にぼかす駆の攻防戦が繰り広げられました。
結局は駆が粘っている間に消灯時間になって、身元が割れることはなかったんですけど。
ただ、特定できなかったのは、他のクラスメイトに限っての話でした。
駆が喋った情報から、俺は、誰なのか一つの推論が出てしまったんです。
――いつ出会ったんだ? 何がきっかけ?
『五年生の時。サッカーの試合で』
――応援に来てた子?
『ううん、選手なんだ。すっごく上手いヒトでさ、その上可愛くて、もう一目惚れ』
――鎌学に来てるってことは、女子だけどサッカー続けてるんだな。あれ、特定できそうじゃね?
『えー、ふふっ。どうだろうね?』
――つーかイマイチ分かんねぇんだけど、年上?
『黙秘権を行使します』
――つーか何で告んなかったんだ?
『だってそのヒトとは、試合でしか会ったことないんだ。入学式の日に再会したのでやっと三度目だよ。そんな相手からいきなり告られても困るでしょ』
――相手がお前に一目惚れした可能性はねぇの?
『無いね。これは断言できる』
まさか、とは思いました。ただの偶然の一致だろう、と。
だけど、あまりに多くの符号が一致して、偶然で片付けるには不自然すぎました。
気になって眠れなかった俺は、水を飲みに行こうと三段ベッドを下りました。
梯子を降りた処でふと一番下の段に視線が止まると、同じく眠れていなかったらしい駆としっかり目が合ってしまいました。
『……』
『……』
『……水、飲みに行くんだけど。駆もどう?』
『あ、行く』
水が飲みたかったのは嘘ではなかったけれど、駆を連れ出して話をする口実にはもってこいでした。
上は体操服しか着てなかったので、寒さに備えてジャージの上を羽織り、二人でそっと部屋を抜け出しました。
非常灯が点いているだけの食堂はがらんとして少し不気味でした。
黒に少しだけ緑を流し込んだ不思議な色合いの空間で喉を潤す時、少しだけ駆との「いつもの距離」より近付いてみたら駆も俺のジャージの裾を掴んでいました。
その動作がもう少しだけ疑惑を確信に引き寄せたので、ここに来てもまだ少し悩んでいましたが、思い切って訊いてみることにしました。
『駆、話があるんだけど……少しだけ、いい?』
『……うん』
守衛さんに見つからないよう、自販機の影に駆を隠して、俺は駆に身を寄せるように佇んで口を開きました。
『寝る前に話してたことなんだけど』
『っ、うん』
『駆の好きな子ってひょっとして、女の子じゃない、んじゃないか?』
『……祐介頭打った? はは、いくらなんでも、有り得ないでしょ』
『――本当に?』
『え、』
『本当に違うのか? 俺にはどう考えても、一人しか思いつかなかったけど?』
“小学校は違ったけど、今は鎌学の生徒で、駆は友達になっている”
“一昨年、サッカーの試合で会ったのがきっかけで、相手も選手だった”
これだけなら偶然の一致ってこともあるだろうけど、決定打がありました。
“試合で二回した会ったことがなくて、三度目に会ったのは鎌学の入学式の日”
ここまで一致するなら、その可能性を疑わない方がおかしいでしょう。
普通に考えれば有り得ないと言っても、除外できない可能性は検討するべきで。
誤魔化すなよ、と牽制するために駆の顔を覗き込むと、顔を伏せられました。
ただでさえ暗い室内で物陰に入っているのだから表情なんて殆ど見えませんでしたけど、焦っているのだけは分かりました。
『う……祐介、本当にごめん』
数秒の沈黙と無言の牽制を経て、とうとう駆が折れました。
意を決したか顔を上げて、俺の目をまっすぐ見て衝撃の事実を口にしました。
『僕、最初に「ゆーちゃん」に会った時、女の子だと思ったんだ。凄く可愛かったし……それで、一目惚れして。次に会った時も、全然印象変わってなかったし気付かなくて』
『あー……そっか……んじゃ驚いただろ? 職員室で会った時、お前と同じ制服着てたから』
『うん』
頷く駆に何と声を掛けたら良いものか悩んで、一つひとつ頭の中で情報を反芻する。
“『女子だけどサッカー続けてる』という情報では特定できない”
“ウチのクラスの女子の中には居ない”
……まぁそうです。同じクラスではあるけど、そもそも女子じゃないです。
“年上であることを否定していない”
こんにちは、佐伯祐介です。
俺は今、弱冠十二歳にして人生最大の岐路に立たされています。
事の始まりは中学の入学式でした。
小学生の頃に試合で会ったことのある、隣町のFCに居た子と再会したんです。
当時はお互い名前も聞かないままだったけど、相手は俺の愛称を覚えていたし俺もあの逢沢傑さんの弟だということはうっすら知っていました。
だから実に二年ぶりの再会とは言え事実上初対面も同然だったにも関わらず一気に仲良くなりました。
一学年上にお兄さんが居るので名字で呼ぶのも変だし、「駆」って呼んでます。
ところで一年生の一学期の予定には、課外活動の一環としてクラス単位での合宿という行事があります。
私立である分、あちこちから生徒が集まったから、馴染みの顔が居ないのはお互い様なので、早めに打ち解けさせようということなんでしょう。
大雑把に男女二グループずつに分けた中で、俺と駆は同じグループでした。
合宿に参加している間はボールが蹴れないので物足りなくはありましたが、それなりに楽しんで日が暮れました。
問題はその後に起きました。
と云っても、それが『問題』であることを知っているのは俺だけで、表面的には平和そのものだったんですけど。
夜、男子ばかり十人ほど集まった部屋で何の話をするかと言えば想像に難くないと思います。
ウチのクラスの誰それは80Cだの隣のクラスのセクハラ大王は触っただけでスリーサイズが分かる特技を持ってるだの……まぁそういう話題です。
後はどの子がイイか、好みのタイプはどんなだ、という話に自然とシフトして、俺は当たり障りなく一色妙子だと答えておきました。
正直今はサッカーしか頭にないけど、空気を壊すのも悪いので、年増好みの称号は甘んじて受けました。
半周ほどして駆の番になった時に、そういえば駆も大概のサッカーバカだしそんな話題も聞かないからどう答えるんだろう、と内心ヒヤヒヤして居たら、意外な言葉が飛び出してきました。
『クラスの女子の中には居ないなぁ。僕、小学生の時からずっと好きなヒトが居てさ』
『じゃあ離れて鎌学に来たんだ? 辛くね?』
『あ、偶然なんだけど、そのヒトも鎌学に居るんだ。むしろ小学校が違った』
『えっ、スッゲー奇跡じゃん! 逢沢、もうそれ告れよ! つーかもうした?』
『まさか。ていうか、この先も告白する予定ないなぁ……。
せっかくいい友達になれたし……ゴメンナサイだったら卒業まで気まずくない?』
苦笑した駆に『それもそっか』ってクラスメイトが引きさがって、告白するのしないのと云う話題はそこで終わりました。
だけどまさか駆から色恋沙汰の話題が出るとは思ってなかったんでしょう、出会いだのどこが好きだのとあれこれ情報を引き出して行こうとするクラスメイトと、ギリギリのところで特定されない程度にぼかす駆の攻防戦が繰り広げられました。
結局は駆が粘っている間に消灯時間になって、身元が割れることはなかったんですけど。
ただ、特定できなかったのは、他のクラスメイトに限っての話でした。
駆が喋った情報から、俺は、誰なのか一つの推論が出てしまったんです。
――いつ出会ったんだ? 何がきっかけ?
『五年生の時。サッカーの試合で』
――応援に来てた子?
『ううん、選手なんだ。すっごく上手いヒトでさ、その上可愛くて、もう一目惚れ』
――鎌学に来てるってことは、女子だけどサッカー続けてるんだな。あれ、特定できそうじゃね?
『えー、ふふっ。どうだろうね?』
――つーかイマイチ分かんねぇんだけど、年上?
『黙秘権を行使します』
――つーか何で告んなかったんだ?
『だってそのヒトとは、試合でしか会ったことないんだ。入学式の日に再会したのでやっと三度目だよ。そんな相手からいきなり告られても困るでしょ』
――相手がお前に一目惚れした可能性はねぇの?
『無いね。これは断言できる』
まさか、とは思いました。ただの偶然の一致だろう、と。
だけど、あまりに多くの符号が一致して、偶然で片付けるには不自然すぎました。
気になって眠れなかった俺は、水を飲みに行こうと三段ベッドを下りました。
梯子を降りた処でふと一番下の段に視線が止まると、同じく眠れていなかったらしい駆としっかり目が合ってしまいました。
『……』
『……』
『……水、飲みに行くんだけど。駆もどう?』
『あ、行く』
水が飲みたかったのは嘘ではなかったけれど、駆を連れ出して話をする口実にはもってこいでした。
上は体操服しか着てなかったので、寒さに備えてジャージの上を羽織り、二人でそっと部屋を抜け出しました。
非常灯が点いているだけの食堂はがらんとして少し不気味でした。
黒に少しだけ緑を流し込んだ不思議な色合いの空間で喉を潤す時、少しだけ駆との「いつもの距離」より近付いてみたら駆も俺のジャージの裾を掴んでいました。
その動作がもう少しだけ疑惑を確信に引き寄せたので、ここに来てもまだ少し悩んでいましたが、思い切って訊いてみることにしました。
『駆、話があるんだけど……少しだけ、いい?』
『……うん』
守衛さんに見つからないよう、自販機の影に駆を隠して、俺は駆に身を寄せるように佇んで口を開きました。
『寝る前に話してたことなんだけど』
『っ、うん』
『駆の好きな子ってひょっとして、女の子じゃない、んじゃないか?』
『……祐介頭打った? はは、いくらなんでも、有り得ないでしょ』
『――本当に?』
『え、』
『本当に違うのか? 俺にはどう考えても、一人しか思いつかなかったけど?』
“小学校は違ったけど、今は鎌学の生徒で、駆は友達になっている”
“一昨年、サッカーの試合で会ったのがきっかけで、相手も選手だった”
これだけなら偶然の一致ってこともあるだろうけど、決定打がありました。
“試合で二回した会ったことがなくて、三度目に会ったのは鎌学の入学式の日”
ここまで一致するなら、その可能性を疑わない方がおかしいでしょう。
普通に考えれば有り得ないと言っても、除外できない可能性は検討するべきで。
誤魔化すなよ、と牽制するために駆の顔を覗き込むと、顔を伏せられました。
ただでさえ暗い室内で物陰に入っているのだから表情なんて殆ど見えませんでしたけど、焦っているのだけは分かりました。
『う……祐介、本当にごめん』
数秒の沈黙と無言の牽制を経て、とうとう駆が折れました。
意を決したか顔を上げて、俺の目をまっすぐ見て衝撃の事実を口にしました。
『僕、最初に「ゆーちゃん」に会った時、女の子だと思ったんだ。凄く可愛かったし……それで、一目惚れして。次に会った時も、全然印象変わってなかったし気付かなくて』
『あー……そっか……んじゃ驚いただろ? 職員室で会った時、お前と同じ制服着てたから』
『うん』
頷く駆に何と声を掛けたら良いものか悩んで、一つひとつ頭の中で情報を反芻する。
“『女子だけどサッカー続けてる』という情報では特定できない”
“ウチのクラスの女子の中には居ない”
……まぁそうです。同じクラスではあるけど、そもそも女子じゃないです。
“年上であることを否定していない”
作品名:ハツコイグラデーション2 作家名:灯千鶴/加築せらの