ハツコイグラデーション2
……でも肯定もしてませんでした。年上でも年下でもなく同い年です。
“相手が駆に一目惚れした可能性は無いと断言できる”
……ですよね。俺は男だし、俺は最初から駆が男だと分かってるんですから。
そうして、言葉を選んで考え込む内に沈黙が降りて、今に至ります。
そういえばここまで振り返って、大事な事を確認するのを忘れていた気がするので、やっとこの沈黙にピリオドを打てます。
「駆……今でも好きなのか?」
「え?」
黙っている間に自然と俯いていた駆が顔を上げて、首を傾げました。
「『ゆーちゃん』を女の子だと思ってたんだから、それで一目惚れって言うのも別におかしくはないと思うんだ。
でも『彼女』が男だと分かったなら、もう諦めたのかなって。それとも、まだ好きなのか?」
「……まだ好きだよ。自分でもおかしいと思うけど。『ゆーちゃん』が祐介だって分かっても、それでも、好きだよ」
「そっかぁ……」
それはちょっと、困ったなぁ。
思わず遠い目をしてしまいました。
駆が記憶の中の『ゆーちゃん』に恋してた分には(女だと思われてたのはちょっとショックだけど)笑って許容範囲に出来ます。
だけど、俺が男だと分かってからも駆が俺を好きだというなら、困ってしまう。
俺は駆を友達として好きだから、それは駆の気持ちを満たさない筈で。
どうしたものかなぁと再び思考に入って居たら、薄ぼんやりした緑の灯りの中、蛇口からピチョンと一滴零れおちた音がしました。
その瞬間、駆が身を竦ませて俺の上着の裾を掴んできたので、思わず「大丈夫か?」と背中に手を添えたらコクコクと必死に頷いて。
――その姿に「あ、可愛い」と思ったのが、致命傷だったんじゃないかと思います。
「駆。もう一つだけ訊いていいか?」
「何?」
「どこが好きなんだ?」
それは純粋な疑問でした。
だって、元々一目惚れだったからには多分顔とか、そういうものが理由のはずで。
でもそれだけなら男だと分かった時に諦めてもよさそうなものなので。
俺の質問にしばらく「うー」とか「あー」とか悶えてとうとう座り込んだ駆に付き合って俺も座り込むと、膝に顔を埋めたまま小さな声が零れ出してきました。
「最初は、笑顔が可愛いなって……あと、『ゆーちゃん』のサッカーに惹かれたんだ」
つまり祐介のサッカーが好きってことで、そこに違和感は何もないけどさ、と笑う駆。
俺だってそこは同意でした。俺のサッカーが好き、と言われるのは、純粋に嬉しくて。
「こんな凄い子ならずっとサッカーしてくんだろうな、戦うピッチは男女で違っても、同じ所に立てる、ずっと一緒に居られるなって感じてた。
あの頃は『伴侶』とか『パートナー』って言葉は知らなかったけど……同じモノが好きで、同じ場所に立てて、目指すモノが一つで、そんなヒトが人生のパートナーになってくれたら良いな、って思った。
それから、祐介に再会して友達として人柄を知って……凄くハートが強くて、でも優しいところも知った」
今みたいにね、と小さく笑う駆に、そういえばいつの間にか顔を上げて居たんだ、と気が付きました。
そんなことにも気付けなかったくらい、俺の混乱していました。だって、何しろ。
――なぁ、一足飛びにプロポーズになってないか、それ。
思わず心の中でツッコんでしまったくらい、それは衝撃でした。
いや、まぁ確かに、俺だって一緒に生きて行くならそういう人が良いです。
俺はもう鎌学に入った時点で、中高とサッカーやって、インハイとか選手権でも活躍して、ゆくゆくはプロに、って考えてますから。
サッカーに理解があって、俺がピッチに立つことを応援してくれる、支えてくれる、そして俺を愛してくれる、そんな人が伴侶になってくれたら一番だと思います。
「男だって分かった時から『まだ好きだなんて絶対おかしい』って思ってた。
祐介のサッカーが好きっていうのが一番大きい理由なら、友達としてじゃなくても、単に選手として好きってことだろ、って考え直そうとした。
でもやっぱり振り切れなくて、どうしても祐介が好きなんだ」
……駆がその全ての条件を満たしそうなんですけど、どうしたものでしょうか。
佐伯祐介十二歳、人生の岐路を前に、食堂の床に座り込んでいます。
まさかこんなに早くプロポーズを(それも、される側で!)経験するとは思いませんでしたし、冷静に考えれば考えるほど満更でもない自分が居て、正直悩んでいます。
端的に纏めてしまえば、俺と駆の望みはほぼ一致しています。
駆も俺もこれから先ずっとサッカーと共に生きていくと分かりきっていて、それに対する理解者としてはこの上ない程の相手です。
これは予感でしかないけど、俺は駆とずっと付き合いを持っていくだろうし、それに何の異存もありません。
俺達の意識に差があるのは一ヶ所きりで、俺が駆の恋愛感情を受け止めきれるかどうかに掛かっています。
だけどその答えを出すにはどうやったら良いか分からなくて、とりあえず今夜のところは先生たちに見つからない内に部屋に戻ることにしました。
立ち上がりつつ、結構長いこと座っていたせいで足が冷えて居たことに気付きました。
微妙に痺れた気がして少し屈伸しながら立ち上がると、案の定横で駆がふらついていました。
「あは、やっぱり痺れた? ごめんな、長いこと引きとめちゃって」
咄嗟に身体を支えて床に逆戻りしそうになった駆を受け止めると、もごもごと何か聞こえて、首を傾げたら。
「祐介……あの、ありがと」
でも、と困った顔で付けたされた言葉に固まった。
「一応告白したんだし……ためらい無く抱きかかえられると、誤解しそうになる、よ?
優しいのは知ってるけど、優しくされると嬉しいんだけど、期待しちゃう。
本当は告白するつもりもなかったんだけどね、喋りすぎて本人にバレちゃったから」
苦笑する駆に、重大な思い違いがあったことをここでやっと悟りました。
俺は、駆の気持ちを受け入れようと悩んでいましたけれど。
駆はそもそも俺に受け止めてほしいと思っていないこと。
ずっと好きだった、今でも好きだ、と言われたけれど、駆は一言も「付き合ってほしい」とか「恋人になりたい」とか、言わなかったこと。
それどころか――そうだ、皆と話していた時に言ってたんだ――告白する気さえなかったこと。
良い友達になれたからそのままで居ようと思う、って、その場しのぎの言葉じゃなくて、本気でそう思ってること。
ここまで気付かなかった俺が悪いんだろうとは、分かっていても。
それでも、今更突きつけられた事実に胸の内が落ちつかなくなって。
俺は自分からデッドラインを踏み越えてしまったんだと、気付いたのは後になってからのことでしたけど。
「駆。お前の気持ちすごく嬉しい。だから、ちょっとだけ待ってくれないか」
「……祐介?」
「告白されたのに抱きしめるの平気なのも、なんかもうほとんどプロポーズされたみたいなモンなのに嬉しかったのも、多分、俺、」
必死に言葉の先を探しながら喋っていたから、その先なんて言おうかまだ決まって居なかったんですけど。
でも、決まってなかった言葉ごと口を封じられたから、良かったのかもしれません。
作品名:ハツコイグラデーション2 作家名:灯千鶴/加築せらの