奥村雪男の愛情
考えてみたのだけれど、いろんなことが頭に浮かんできて、結局うまくまとまらなかった。
だから、一番昔までさかのぼって、そこから時の流れのとおりに話していくことにする。
あれは僕がまだ小学生だったころのことだ。
小学生だったころ、僕は今のようにまわりと比べて背が高かったのではなく、はっきり言うと、ひ弱なほうだった。もっと言うと、いじめられっ子で、泣き虫だった。
そして、すでに悪魔が視えていた。物心つくまえからずっと視えていた。生まれたときに双子の兄から魔障を受けたからだ。でも、念のため言っておくと、僕はその件に関して兄さんを恨んだことはない。
それから、僕は七歳から祓魔師になるための訓練を受けていた。
理由は簡単だ。
強くなりたかったからだ。
強くなって僕をいじめた者たちに仕返しがしたかったわけじゃない。
悪魔が視えて、恐がって泣いてばかりいたあのころ。
でも、なにがあってもしっかりと立っていられるようになりたかった。
それに、かばってもらってばかりの僕がいつか大切な人たちを守ることができたらって思った。
もう闇におびえながら生きていきたくない。
そう強く思って、医者になる夢とは別に、僕は祓魔師になろうと決めた。
だけど、祓魔師になるのは簡単なことじゃなかった。
努力して、困難にぶつかって、挫折しかけて、どうにか立ち直って、また努力して……、その繰り返しだった。
あのときも、そうだった。
正十字学園の祓魔塾のトレーニングルームで、僕はひとり、訓練マシン相手に戦っていた。
自分の武器として選んだ拳銃は、当時の僕の小さな手には大きく重く感じられて、うまく扱えなかった。
練習しても、なかなか上達しない。
自分はダメなんだ。
弱いから、そういうふうに生まれついてるから、どんなに訓練しても強くなれない。
そう思って、打ちのめされた気分でいた。
拳銃を持った手を力なく垂らして、うつむいて立っていた。
どのぐらいそうしていただろうか、ふと、だれかがトレーニングルームに入ってきたのを感じた。
僕は顔をあげ、出入り口のほうを見た。
派手な印象の女の人が近づいてきていた。
眼が合うと、その女の人は笑った。
「よー、メガネ、アタシと勝負してくれ」
それがシュラさんだった。
シュラさんは、僕と兄さんの養父である藤本獅郎の弟子だったらしい。
神父さんとシュラさんが、どういう経緯で師弟関係になったのか、僕は詳しくは知らない。
ただ、シュラさんが神父さんを信頼しているのは、あのころから感じていた。
シュラさんは僕がトレーニングルームで訓練していると、よくやってくるようになった。
そして、僕に勝負を挑んできた。
結果はいつもシュラさんの圧勝。
どう見ても全力を出していないシュラさんが、全力を出している僕に簡単に勝ってしまうのだ。
そのうち、シュラさんは勝手に勝負を賭けにした。
負けたほうが一食おごる。
もちろん常に僕がおごることになった。
そんな勝負、断ればいい。実際、断ったことは何度もある。でも、結局、勝負を受けてしまっていた。
負けるとわかっている勝負を受けてしまったのは、悔しかったからだ。
いつもヘラヘラしているシュラさんに負けたのが悔しくて、立ち向かっていかずにはいられなかったのだ。
勝負に負けて、おごらされるのは、当時の僕のおこづかいでもなんとなかる程度のものだった。
だが、今のように祓魔師として給料をもらっているわけではなかったので、少額でも出費は痛く、悔しさが倍増した。
それに、道を普通に歩いているだけでもシュラさんは目立っていて、おごらされる場所まで一緒に歩くのが嫌だった。
シュラさんは自分が目立っていることも、僕が嫌がっていることにも気づいているようだった。
こんなこともあった。
「ビリー!」
僕がビビリだからといって勝手に付けたあだ名で呼びかけてきた直後、シュラさんは僕の手をつかまえた。
そして、僕の手のひらを握った。
僕はぎょっとした。
「な、なにをするんですか……!」
「なにって、手ぇつないだんだよ」
「なんで、僕とあなたが手をつながないといけないんですか!?」
「なんでって、アタシとビリーは仲良し、だから〜」
シュラさんは陽気に言うと、つないだ手を楽しそうに揺らした。
「仲良しじゃありません!!」
僕は無理矢理つながれた手を必死でふりほどこうとした。でも、まだ小さくて、力も弱かったから、ふりほどけなかった。
恥ずかしかった。
派手なシュラさんと手をつないで歩いているのが、それをまわりからジロジロと見られるのが、恥ずかしかった。
恥ずかしくて、身体が熱くなったように感じた。
つないでいる手のひらに汗がわいた。
シュラさんはその汗に気づいているだろう。
そう思うと、いっそう恥ずかしくなった。
嫌がらせだと思った。
僕が嫌がるのがおもしろいんだろうと思った。
自分勝手すぎると胸の中で非難しながら、僕はシュラさんと手をつないで道を歩いた。
僕はシュラさんが嫌いだった。