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デラシネ

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笛が三度鳴って、そして八谷は天を仰いだ。雨粒が頬を打った。
 前半終わりから降り出した雨は、止むことなくゲームエンドを迎えた。
 八谷は振り返り、近藤に「他会場は?」とだけ問うた。
 近藤は首を横に振った。

 それですべてが判った。
 
 水滴が睫毛を濡らし、視界はぼやけていた。八谷は額に貼り付いた長い前髪を掴む。十二月の雨に冷えた指先に感覚はない。
審判団から促され整列する。握手を交わす対戦相手の手に力が無いのはかじかむ指の所為だけではなかった。
 優勝争いをしていた川崎に対し、相手チームが争うのは、一部残留だった。

 試合終了を告げるアナウンスが流れる中、自陣ゴール裏へ向かった。
 最終節までもつれこんだ優勝争いは、勝ち点差を東京ヴィクトリーに保たれたまま終えた。
 「ウチは三位だって」
 スタッフからの伝聞を草野が浅香へ告げる。少し離れたところで星野が無言で腕を上げ手を打っていた。
 八谷は一度だけ相手ゴール裏を振り返った。
 相手のゴール裏には、「絶対残留」とスプレーで走り書きされた横断幕が、雨水を含んで重く垂れ下がっていた。

 リーグ一部残留を果たせなかったチーム。

 数年前、八谷はその当事者だった。だがその時のことはもう覚えていない。そういうものなのだ。残念ながら。
(果たしてあの日自分はピッチにすら立っていたかどうか)
 それすらもう、覚えてないんだ。
 八谷は記憶をたぐりよせる。降格したチームを抜けて、それからは。

 流浪の日々だった。

 強まる雨脚に、スタッフが総出で選手にベンチコートを掛けてまわる。コートの胸元に入ったエンブレムを八谷は見つめる。帰属意識の宿る場所。己にとってそれはチームなのか。未だ八谷は答えを出していない。
 
 あるいは。
 
 八谷はベンチを見た。そこに指揮官の姿はなかった。今頃は、ミックスゾーンで取材を受けている筈だ。分かっているつもりなのに焦りを覚えた。
 人と人の繋がりと、人と組織の繋がり。どちらがより強固であるかはわからない。だが八谷は足を止めた。ここで足を止めた。

(もしもだ。川崎から、ボスがいなくなったならば、俺は、どこに根を張ればいい?)

 一年は長く、短い。
 冬は既に、始まっている。

作品名:デラシネ 作家名:コツメ