デラシネ
空港から放射線状に伸びた道路の上に、青空がひたすら続く。
日本のそれより濁った青色に思えるのは、酷い土埃が原因だろうか。
突き刺してくるような強い日差しに、八谷は帽子のつばを下げる。鼻腔から流れ込む大気は、ねっとりと肺に残った。
北半球が冬ならば南半球は夏。
知識ではなく実感として、八谷は思い知る。湿度こそ低いものの身体は重く、長く伸びた髪が鬱陶しかった。
「八谷、もう出発するぞ」
荷物をバンに積み終えた男が手を振る。知己のNPO活動に便乗しての旅程だ。自由行動はさほど許されていない。
日本を発って三十七時間。酔狂で訪れるには、あまりにも遠い地。
こっちとしては人手があれば助かるけどさ。幹線道路へ入り、アクセルを踏み込みながら運転手は言った。
市街地を抜ければ、信号もない一本道が地平線の果てまで延々と続く。だいたいお前。知人は言った。
「その人に合うのが目的なら、ちゃんと渡りをつけてから来るべきじゃないか」
ネルソン監督だっけ?
問われて八谷は「ああ」とだけ答えた。視線を車窓に向けたまま動かない。
「だいたいお前いつも後先考えずに動いてやしないか?」
始まった知人の叱責に、八谷は瞼を閉じた。
帰郷ついでの同窓会で赴いた地元のレストラン。待合シートで旧友が広げたスポーツ紙。それがすべての発端だった。
『川崎、ネルソン監督との来期契約が難航。交渉決裂の可能性も』
二日後には、パスポートを手に八谷は出国していた。
機内では死んだようにひたすら眠った。乗り換えのニューヨークで漸く頭にのぼった血の気がひいて、八谷は己を嘲笑った。
(まるで映画じゃあるまいし)
クラブにも、スタッフにも、誰にも告げず発った。
ただネルソンに会いたかった。
会ってどうするとか、そういった事はもはや二の次だった。
会えればいい。会えればわかる。思い込みの強さは、八谷のこれまでの生涯において、時につまづきの原因でもあったが、その一方でそれがこの人生を切り拓いてきた事もある。
だからこそ、地球の裏側までやって来たのだ。
動けば、拓く。
自分の運命の強さを、八谷は信じていた。