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【ヘタリア/米英/腐向け】「いいふうふの日」なので

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「行ってきます!」
「い、いってらっしゃい」
 靴を履いて満面の笑みで振り返るアメリカは、頬を赤らめたイギリスをじっと見ている。うつむいていたイギリスは、そろそろと顔をあげ、視線をさまよわせた後そっと顔を近づけた。
 触れるまで数センチ。もう息が触れ合う距離だ。そこまで近づいて、イギリスはアメリカの背広に手をかける。
「ば、ばか。目は瞑れよ」
 恥ずかしそうに視線をそらして、ぎゅっと手に力を入れた。その手を上からそっと握られて、ぴくんと肩が跳ねる。ちら、イギリスがアメリカを見ると、彼はふにゃりと頬を緩ませた。
「うん。君がしてくれたら閉じるよ」
「それじゃおせぇだろ」
「いいじゃないか。ほらイギリス。はーやーくー。俺遅刻しちゃうんだぞ」
 アメリカがぷく、と頬を膨らませると、催促するように顔を近づけた。遅刻する、と言われてはどうしようもなく、イギリスはギュッと目をつむって顔を近づけた。
 あと少し。背伸びひとつで届く距離。
 背広を掴んだイギリスの手が震えて、ふに、と唇に柔らかく温かな感触。
 恥ずかしさと嬉しさとが綯い交ぜになって、とろりと心に広がっていく。
 できた、とイギリスがほっとしたのもつかの間。すぐに引き寄せられて、唇を割って舌が侵入した。
「ん! ふぁ、あ……ちょっ、んあ、ばかっ! あめ、んぁ、やめろ、んんぅ……」
 くちゅくちゅ音を立てて、アメリカはイギリスの口内をゆっくり味わう。手を握っていた手を腰にまわして密着すれば、イギリスはぴくんと腰を震わせて再び背広を握った。
「ふぁ、あ、めり、んぁ……まにあわ、んぅっ!」
「んはぁ……。いい顔」
「ばかぁ……!」
 言葉を吸い込みながら、アメリカがちゅうと強く吸い上げて顔を覗き込めば、イギリスは頬を上気させてとろりとした表情でアメリカを見上げていた。
 とくん、とアメリカの心臓が跳ねる。イギリスの頬に手を添えて、熱を持つ頬に軽く唇を落とした。
「DDDD! これで今日も頑張れそうなんだぞ! いってきまーす!」
「バッカじゃねぇの! 早く行けっ!」
 笑顔で玄関を出ていくアメリカに叫ぶ。ドアがゆっくり閉まるのを見届けながら、はっとしてあわててサンダルをつっかけた。閉まる直前に思いっきりドアを開ける。
 数歩先にまだ背中を見つけてほっとしながら声を張り上げた。
「アメリカ!」
「ん?」
 振り返ったアメリカに、ふにゃりと笑う。
「いってらっしゃい」
 そっと肩の高さまで手を上げて振れば、アメリカは嬉しそうに頬を緩めて駆けよってくる。
「イギリスー!」
「うわ、ばかっ! 早く行けよ!」
 ぎゅーっと思いっきり抱き締められて、イギリスは自分を閉じ込める腕を叩く。恥ずかしくて顔が見られない。
 アメリカは嬉しそうにぴょこぴょこナンタケットをゆらしてひとしきりイギリスの熱を堪能すると、顔をあげて二カッと笑った。
「うん。いってきます!」
「ひょあっ!」
 去り際にちゅっ、と軽い音を立てて頬を掠めていく唇に驚いて飛び上がるイギリスを笑いながら、アメリカは手を振った。さらに熱の上がった頬を押さえて睨みつければ、「君も遅れないようにね!」と機嫌良く言われてはっとする。すぐにしたくしなければ、自分も遅刻だ。
 やばい、と慌てながら、嬉しそうなアメリカの背中を見送った。
 ふわふわと、柔らかな感情が胸に満ちていく。
「なんか、癖になりそうだ……じゃなくて! っだー!」
 はっとして玄関を開けると、思いっきり顔をぶつける。痛む額を押さえながら、幸せボケって怖いとほんのり染まった顔でつぶやいた。
 そんなイギリスは、夜、アメリカより遅く帰ってくる。少し大きな靴が玄関にあるのを見つけて、奥の部屋へ声をかけた。
「ただいま」
「おかえりー!」
「うわっ! おま、いきなり抱きついて、んんっ!」
 待ち構えていたのかすぐに駆けよってきたアメリカは、その勢いのままイギリスに抱きついて唇を奪う。腰をしっかり抱いて、少しも待てないと言わんばかりに唇を重ねる。
 しばらく熱っぽい水音が玄関に響く。イギリスから力が抜けたのを見計らって、ようやく唇は離れていった。ふわふわとおぼつかないイギリスをしっかり抱いて、へにょ、と笑った。
「お帰りのちゅー」
「あ、ふぁ……」
「大丈夫?」
「だいじょぶ、じゃ、ねぇ!」
 アメリカの腕をすりぬけて、へなへなと床に腰を下ろしたイギリスは顔を真っ赤にして事態の張本人を睨む。それでもアメリカは始終御機嫌で、怒っている自分がばかばかしくなってくる。
「なんかお前うれしそうだな」
「ん?嬉しいんだぞ」
 当然だろ。そう言いたそうににっこりと笑ってイギリスの手を取る。そっと起こされて、勢いのままアメリカにぶつかると抱きとめられた。
 アメリカは抱きしめたイギリスの肩口に顔を埋め、腰に手をまわしてしっかり支え、後頭部をなでる。乱れた髪を耳にかけるその刺激だけでひくん、とイギリスは震えた。甘い吐息が、耳を掠めていく。
「出かけるときは、行ってきます、行ってらっしゃいが言える人がいてさ。帰ってきたら、お帰り、ただいまって言える人がいて」
 ぴたりとくっついていた体に距離が生まれる。至近距離でブルーとグリーンが交差して、イギリスはそのスカイブルーから目が離せなかった。
「君と、ずっと一緒にいられるんだ。嬉しいに決まってるじゃないか」
 メープルをこぼしたよりも、たっぷりの砂糖を紅茶に溶かしたよりも、この世の中の何よりも甘く、優しい響きにとくんと心臓が跳ねる。泣きそうなほどに胸が暖かくなる。幸せな言葉がしみ込んで、目の前の男の名を呼ぼうとした時、困ったように彼はイギリスの頬をなでた。
「泣かないでくれよ」
「泣いて、なんか……俺、あ、嬉し、ふぅっ……」
「うん。そうだね。……幸せでも、涙って出るんだなぁ」
 そう言ったアメリカを見上げれば、透明な滴がイギリスの目の前で流れていく。目がぱちりと合って、ふにゃ、と柔らかく表情が溶けた。つられるようにイギリスも表情を崩して、二人して声をあげて笑った。
 結婚した。皆に祝福されて、まだだったのかよと茶化されて。一緒に暮らし始めて知っていたことも、知らなかったこともたくさんあって。ときどきぶつかっても、すぐにどちらかが折れて隣に座って。
 まっすぐに向けられた好意に、差しのべられた手に、太陽のような笑みに、どうしたらいいかわからなくなった時も驚くほど辛抱強く待ってくれた。だから、その手を取ることができたのだ。
 同じ時を過ごす時間が、圧倒的に増えた。優しく笑う、その姿を目にする時間が増えた。
 恥ずかしくて、照れくさくて、満たされている。
 泣けるほど幸せで、きゅ、と胸が温かさで満ちる。そっと背をなでるアメリカに抱きついたまま、イギリスは胸を占める喜びを噛みしめた。
「しっかりつかまっててくれよ」
 そう言ってアメリカは、ゆっくりとイギリスを抱きかかえる。驚くイギリスを両腕で支えて、廊下じゃ冷えるからとリビングに向かう。首にしがみついたイギリスに笑って、抱きかかえたままアメリカはソファーに腰を下ろした。落ち着かせるように背をなで続けるアメリカに、イギリスはそっと額を預けて目を閉じた。

  †