【ヘタリア/米英/腐向け】「いいふうふの日」なので
「ところで俺の奥さんは、いつになったら慣れてくれるんだい?」
「あ、う……」
しばらくしてイギリスもアメリカも落ち着いたころ。アメリカは少しだけイギリスを離して、その顔をそっと覗きこむと同時にそっと指先を唇に這わせた。
キスのこと、と気がついてイギリスは口ごもる。困ったような、からかうような顔をするアメリカに、頬を熱が駆けあがっていくのを止められない。
ねぇ、と名前を呼ばれて、勢いよく赤い顔を上げた。
「は、恥ずかしいんだよ!」
「なんでだい? 誰も見てないんだぞ」
「見られてたら死ぬ!」
「でも君、外にいるときだってキスす「あーあーあー!何も聞こえねぇーっ!」
耳をふさぐイギリスにくすくす笑うアメリカはその腕ごと抱きしめる。びっくりしたイギリスの隙を突いて、その唇を奪った。
「ん、んふぁ……」
「俺とのキスは嫌い?」
とろん、と溶けた表情を覗き込んで、アメリカは四方八方に跳ねるミルクティーを思い起こさせる髪の毛をなでる。力の抜けた手でアメリカにしがみついたイギリスは、ぽぽぽ、と頬を染めて少しだけ不安の色を流しこんだスカイブルーを見つめ返した。
「んな、わけあるか……」
きゅ、とアメリカに抱きつく手に力が入る。頭を胸に預ければ、心音が重なって溶けあった。
気恥ずかしくなって、嬉しそうにほほ笑むアメリカの視線から逃げるようにうつむく。アメリカの香りに包まれて、ほうと蕩けるような吐息を吐きだした。
「幸せすぎて、死ぬ……」
「あはは。幸せで死んだ人なんて聞いたことないんだぞ」
真っ赤なイギリスに笑いながら、アメリカは膝の上のイギリスを抱き締めた。
「イギリス」
「ん……?」
どこかいつもと違うよばれ方にそっと顔をあげて、ぶつかったスカイブルーを覗き込む。星をちりばめた瞳が、まっすぐにイギリスに向けられていた。
するり、と手に指先が触れる。ゆっくり肌をたどるアメリカは、イギリスの手を取ってしっかり握った。
「この先、きっと何十年何百年、君と一緒に過ごすよ。だから、早く慣れてなんて言わないぞ。きっと気がついたら、それが普通になってるだろうから。―――だから、ずっと一緒にいてくれよ……?」
強く、手を握り締められる。
どこか願うように、祈るように紡がれる言葉に、一瞬イギリスは息が詰まった。
零れ落ちる星が懇願している。いつもマイペースで強引で、無邪気でわがままな男が、幸せを前にいつかを考えて祈っている。
らしくないな、と笑ってイギリスはつん、と指先でアメリカの額をつついた。
「お前が出てかなきゃ一緒にいるだろ」
「イギリスの意地悪!」
「冗談だ」
「君が言うと、そうは聞こえないんだぞ」
自業自得だけど、ともごもご口の中で言葉を発するアメリカを横眼で見て、くすりと笑う。
くるくるかわる表情。移ろいやすい感情。それでも自分を選んでくれたことが、共にありたいと願ってくれたことが、一つの支えになる。まっすぐぶつけられた感情にのまれてもいいと、それに触れて幸せだと思う自分がいる。
左手の薬指の上で光る、細い銀がきらりと光を反射させた。
そっとアメリカの顎をなでる。ふと上がったブルーに、ふわりとほほ笑んだ。
「イギ、んっ」
両手で顔を挟んで、幸せを紡ぐ唇に触れる。幾度となく重ねて、ちゅうと吸い上げてイギリスはアメリカから離れた。引き寄せられた体が、アメリカにぴたりと触れ合う。
「なあアメリカ」
「なんだい、イギリス」
うるんだ星をそっと見降ろして、濡れた唇を開いた。
「つらかったよ、お前が離れていったのは」
ぴくん、とアメリカは肩を震わせる。泣きだしそうにゆがんだ目元。でも、きちんと向き合おうとしているのか、逃げずにまっすぐイギリスを見つめ返してきた。
アメリカの髪をなでながら、ふわりとほほ笑む。驚いたように、アメリカの目が見開かれた。
「でも、あれがなかったら、今がないんだよな」
「イギリス……」
すべての偶然が必然ならば、きっとこの時を過ごすためにあったのだろう。兄弟のままだったら、きっと、この瞬間は訪れなかったに違いない。
流した涙は数知れず。でも、これから流すものは、全く意味の異なるものだから。なかったことにはできない過去も、今なら今までとは違う意味に捉えて前に進める気がした。
過去の虚無感を、悲しさを、苦しさを与えたのがこの男なら、今の充実感を、嬉しさを、幸せを与えてくれるのも目の前の男だ。心はアメリカでかき乱されて、アメリカに染まっていく。きっとこの先もそうだろうと思ったら、自然と笑みがこぼれおちた。
そんなイギリスの手に、アメリカはそっと手を重ねて頬から離す。両手で包みこんで恭しく額に掲げると、そっとその甲に唇を落とした。
「もうこの手を離さないって、誓うよ」
「そうじゃなくて、さ」
「ん?」
不満かい?と困った顔をするアメリカにイギリスはあわてて首を振る。そうじゃなくて、と口にしてそわりと視線をさまよわせた。
「ず、っと、繋いでるって……その、ずっと一緒だって、言えよ、ばか」
離すとか、離さないとか、そんな言葉ではなくて。繋いで、ずっと一緒だと、そう言ってほしい。
きゅ、と包まれた手に力を入れる。恥ずかしくて、沸騰してしまいそうだった。ぽぽぽ、とイギリスの顔が染まりあがる。それを見て、アメリカにも同じように熱が伝わっていった。小さな笑いが、空気を震わせる。
「君にしては、ずいぶんポジティブじゃないか」
「うっせ」
とん、とアメリカに寄りかかる。恥ずかしさで、顔があげられなかった。
「うん」
ゆったりと背中をなでられる。
かすれてあふれたアメリカの声に、イギリスはそっと顔をあげてふわりとほほ笑んだ。
「君が泣いてなんかいられないくらい、幸せにするから。だから、一緒に、幸せになろう」
「おう」
ようやく戻った光に笑って、目を細めた。
小さかったアメリカはもういない。でも、確かにあの時と同じように、目も眩むほどのまぶしい輝きを感じていた。
「アメリカ」
「ん?」
なんだい、と優しく細められた瞳がイギリスに向けられる。ガラス越しのその瞳に物足りなくなって、つ、と金属のふちを指先でなぞった。
「眼鏡、外せよ」
吐息と共にこぼれ落ちた言葉がガラスを曇らせる。その向こうで、少しだけ驚きに満ちた青が広がった。
すぐにによ、と細められて腰に強く腕が巻きつく。ぶつかるほど近くに引き寄せられて、同時にわき腹をなでられて肌が震えた。甘い疼きが、指先からあふれて流れ込むようだった。
ほんのり頬を染めるイギリスの眼下で、楽しそうに星が躍った。
「それはお誘いってことかい?」
「知るか」
からかうようなアメリカの声に、ぷいとそっぽを向く。素直じゃないなぁと笑われて、その腕を叩くと同時に奇妙な浮遊感が訪れた。
「うわつ! あ、め……!」
「イギリス。ご飯は後でもいい?」
真面目な顔で聞いてくるアメリカに声が詰まる。
二人の城。二人の時間。二人だけの空間―――。邪魔するものは、何もなかった。
きゅ、と首に絡めた腕を強く抱きしめることで、イギリスは返事に代える。首筋に顔を埋めると、耳元にキスを落とされた。
作品名:【ヘタリア/米英/腐向け】「いいふうふの日」なので 作家名:黒部 @通販中