百 睡 夢
古泉一樹には子供の頃の記憶というものがあまりない。記憶喪失だとかそういう大仰なものではなく、誰でもひとつは持っているだろう幼い頃の思い出といった類のものが何故だかはっきりとしたかたちで存在しないのだ。古泉の子供時代はいつも薄ぼんやりとした霧の中で、おかげでたった三年前に別れたはずの両親の顔ももうすでによく思い出せない(それは純粋に親子のコミュニケーション不足だと思っているけれども)。両親は今どこに住んでいるのだろうか。時折、その存在を思い出してふと思うことはあったが、それは両親の記憶もおぼろげな古泉にとって取るに足らないどうでもいいことだった。それも、記憶の中に付きまとう薄もやのせいだろう。
あるいは三年前のあの日、古泉の記憶は改竄されてしまったのかもしれない。古泉が現実と決別し、涼宮ハルヒの望むように動くためには確かにそちらのほうが便利であったろうし。そちらのほうが現実味も可能性もあったが、不思議と古泉はそういう気もせず、ただ自分が薄情なだけだと思っている。
「思い出の品、ねえ、」
不意に聞こえた彼の声に、古泉の取りとめなく広がりつつあった古泉の思考は、ひっそりと息を潜めた。まるで考えてはいけないことをこっそりと考えていたかのように。
古泉は彼の家にいた。彼は三十分ほど前からずっと、『開かずの間』と称した、家屋に備え付けの狭い収納スペースに上半身を突っ込んでさっきからずっとごそごそやっていた。事の起こりはやはり、我らが団長・涼宮ハルヒの発言によるものだった。
あるいは三年前のあの日、古泉の記憶は改竄されてしまったのかもしれない。古泉が現実と決別し、涼宮ハルヒの望むように動くためには確かにそちらのほうが便利であったろうし。そちらのほうが現実味も可能性もあったが、不思議と古泉はそういう気もせず、ただ自分が薄情なだけだと思っている。
「思い出の品、ねえ、」
不意に聞こえた彼の声に、古泉の取りとめなく広がりつつあった古泉の思考は、ひっそりと息を潜めた。まるで考えてはいけないことをこっそりと考えていたかのように。
古泉は彼の家にいた。彼は三十分ほど前からずっと、『開かずの間』と称した、家屋に備え付けの狭い収納スペースに上半身を突っ込んでさっきからずっとごそごそやっていた。事の起こりはやはり、我らが団長・涼宮ハルヒの発言によるものだった。