百 睡 夢
結局、彼は数ある思い出の中から、特に使い古した感の漂う子供向けの絵本を選び、仕事を終えた。今日の任務を遂行した彼らに彼の妹がケーキを運んでくる。
「おかーさん今日も大フンパツだよ〜」
彼の妹はまだ小学生だという。浮かれた彼女に便乗するように彼も小さく呟いた。「お前、ウチのお袋のタイプらしいぞ」悪戯気な笑顔を浮かべて云うものだから、思わず古泉は笑ってしまう。彼の妹もニコニコしながら「おとーさんにフラれないようにね、って云わなくちゃ!」とショートケーキの苺を頬張る。それを見た彼が当たり前のように彼女の皿に自分の分の苺を入れるのを、古泉は微笑ましいような気持ちで見ていた。彼らは本当に仲のいい兄妹だ。自分にもこんなきょうだいがいれば、家族の記憶ももう少し鮮明になったのだろうか。古泉はふと思いついたが、すぐに考えるのをやめた。詮無きことだし、生産性もないと判断したからだ。
彼女はもうちょっともうちょっとと兄の部屋に居座ろうとしていたが、やがて彼が「あ、六時」と呟くと、「えっ!」と叫んで急いで階下に走り去ってしまった。子供らしい軽く、快活な足音を聞きながら、彼は事もなさげに一言。「六時は日本放送協会のゴールデンタイムだ」。
「で?お前は何にしたんだ?」
例の思い出の品は結局、彼の言葉に甘えて彼の持ち物の中から選ばせてもらった。何の変哲もないヒーローロボットのゴム人形だ。古泉がタッパー(彼の母親が一人暮らしの古泉の分と云っておすそ分けしてくれた肉じゃがだ。未だかつて食べたことのないほど美味で、以前古泉が泊まりに来たとき、おかわりしたのを覚えていたらしいのだ)と一緒に鞄の中に仕舞っていたそれを掲げて見せると彼は、「似合わねえ!」と云って大爆笑した。
「失礼な人ですね。元はあなたの持ち物じゃないですか」
「いや、お前ほんと似合わねえなコンボイ!」
普通の少年のイメージがあって無難だと思ったのだが。依然ゲラゲラと笑い続ける彼を見るとなんとなく不安を覚える。何せ古泉は子供のころどんな遊びをし、どんなテレビ番組に夢中で、何になりたかったのかさえ覚えていないのだ。
「…まずいですか?」
古泉が訊ねると、彼は尚も笑いながら答えた。
「いや、いいんじゃないか?お前の子供時代って想像つかないし」
笑い疲れたらしく、彼はひとしきり笑った後フローリングに大の字に転がってしまった。と、隣にシャミセンがやって来て定位置であるかのように彼の脇腹あたりに丸まる。優しく料理の上手い母親、毎日遅くまで働きつつ猫との団欒を楽しみにしているらしい父親、かわいらしい妹、傍若無人の振舞いながら家族の癒しであるただの猫。
薄もやに覆われた自分の両親を思い出して、気がつけば古泉は呟いていた。