百 睡 夢
「古泉、お前は何持っていくんだ?」
彼が依然『開かずの間』に顔を突っ込んだままで古泉に尋ねた。彼は先程から玩具やら漫画やら教科書やら様々なものを出しては入れ、入れては出しを繰り返しており、古泉はその物の雑多さに目を丸くしながら、ぽつりと思い出したように答えた。
「僕は…そうですね、何もないです。こちらに引っ越す際に最低限の荷物しか持ってきませんでしたし」
彼はひどく驚いたらしく、『開かずの間』から身体を出して、古泉の顔をまじまじと見た。『涼宮ハルヒのイエスマン』という印象は、古泉の思う以上に彼の中で強いものになっていたらしい。とはいえ、古泉自身、自分の発した言葉がひどく投げやりな声になっていたことに驚いていた。何も今更こんな気持ちになることはない。今までだってこういったことは何度もあったではないか。何を、今更、(これではまるで、自分が、)。
「……どうするんだよ?」
ある一つの感情の影を垣間見た気がしたところで、彼が怪訝そうに古泉に尋ねた。それは閉鎖空間を危惧し彼を労わる言葉であり、優しい彼がきっとそうするだろうと古泉が予想した台詞でもあった。
古泉は用意していた言葉を並べる。
「だからここにいるんです。これだけあればひとつくらい譲っていただいても構わないでしょう?」
「…カミサマにウソ吐くのかお前」
「やむを得ないでしょう、何もないんですから」
古泉がいつもの通り芝居がかった動作で肩を竦めると、やはり彼もいつも通り、はあ、と溜息を吐いて『開かずの間』に引っ込んだ。彼はサッカーボールやらグローブやら彼の妹のものであろう人形など、適当なものをいくつか外に放り出して、古泉の目の前に陳列させた。
「俺が決めたあとのならどれでもいい」
呆れたような声で了承した彼の背中に「すみません」と声をかけると、「そうじゃないだろ」と不機嫌そうに返された。
「…ありがとうございました」
普段あまり口にし慣れない言葉を口にすると、彼は満足したのか、「ん」と返事とも云えぬ返事をし、また魔窟の探索に励み始めた。古泉は、ただ黙ってそれを見ていた。ただ、黙って。