近距離恋愛
『きみの となり で』 著:ヤト
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『日本人を一人ステイさせてやってくれないか』とアーサーに声をかけてきたのはフランシスだった。幼馴染み(腐れ縁ともいう)の突然の申し出に『は?』と頓狂な声をあげれば、『実はさ』とフランシスは話し出した。フランシスの話をかいつまめば、あちらに住む親しい東洋人の弟が英国文化に興味があるらしく、短期の間で構わないので滞在させてやってほしい、ということらしい。
『本当は俺が引き受けてやっても良かったんだけど、お前、日本に興味あるって言ってただろ?』
確かにそれは事実だった。いつからかと問われればもう定かではなかったが、アーサーの記憶するところによると、きっかけは幼い頃父が折って見せた?折鶴?ではないかと思う。仕事仲間の日本人に教えてもらったという折鶴は、一枚の紙からできているとは思えないほど精巧で美しく幼心に焼きついて、今でも鮮明に覚えている。そこから日本の文化、文学に手が伸びていき、己の知識欲を満たしたい欲求がアーサーをかきたてていった。その欲が疼くとともにアーサーを迷わせたのは、そのきっかけをくれた他でもない父の存在だった。
アーサーの父は薬剤師であった。病院薬剤師としてロンドンの病院で業務に就き、薬の処方をしたり製品開発の研究に携わったりと広く仕事をしている人であった。世間からも業界からも一目置かれるような人でありアーサーも尊敬する父であったが、アーサーがパブリックスクールを卒業する1年ほど前、不慮の事故という不運に見舞われてその生涯に幕を降ろしてしまった。それなりの成功者であった父は、亡き後も遺産だの親権だのというごたごたがしばらく続き、アーサー自身もそんな世間のしがらみから目を背けたいがために、迷った末、父と同じ薬学の道を選び、目標に向かって躍起になっているうちに日本への関心に手を伸ばす暇などなくなっていた。全ての薬学プログラムを終えて修士の資格を得て研修を終えた後、アーサーは父と同じく病院薬剤師として職務を全うし始めた。持って生まれた才と要領の良さも功を奏してアーサーは院内でも高い評価を得て、ようやく慌ただしかった日々から一息つけるところまでやって来た。
そんなアーサーの様子を幼馴染み兼腐れ縁のフランシスはよく知っていたので、
『そろそろ肩の荷を降ろしてもいいんじゃないの?』
と話を持ち出したのだった。