近距離恋愛
フランシスの一言は忘れかけていたアーサーの知識欲の熱を再び疼かせるのに充分であった。かつて父から与えられた日本という国への関心が急に目を覚まし、早くそれに手を伸ばしたい衝動に駆られていた。海を隔てた遠い島国の魅せる魅力は、走り出したアーサーの衝動を抑えることなどできず、気がつけばフランシスの申し出を受けていたのだった。
そしてやって来たのが、今アーサーの目の前にグレープフルーツジュースの入ったグラスを置いた菊だった。
フランシスに連れられて迎えに行った空港で初めて見た菊は、その華奢な体躯から少年のような印象をアーサーに与えた。黒い髪に象牙の肌がそれだけで異国情緒を運んできて、?東洋の神秘?と謳いたくなる気持ちもわかる。
『初めまして。本田菊と申します。フランシスさんからお話は伺いました。しばらくご厄介になりますが、よろしくお願いいたします』
その口から発せられたのが流暢なクイーンズイングリッシュであったことにアーサーは驚いた。英語を公用語としない日本人が話すには珍しい母国の言葉は、本田菊が本当にイギリスという国に関心を抱いてくれているのだということがよくわかった。にこりと笑った菊の表情に妙にどきどきして『こちらこそ。歓迎する』と返した自分の言葉の方がよっぽどたどたどしくなってしまっていたのは、記憶にも新しい。
置かれたジュースで朝の乾いた喉を潤しながら、そんなことを思い返しているうちに、目の前のテーブルには菊の用意した朝食が次々と並べられていく。トースト、ベーコンエッグ、サラダ、バターに数種類のジャム。食欲をそそる香りが漂ってくる。最後に菊が紅茶の入ったポットとカップを持ってくると、身につけていたエプロンを椅子の背に掛けてアーサーの向かい側に座り、二人の朝食が始まる。
「いただきましょう。アーサーさん」
「いただきます」