片思いと見せかけて
いつもと同じ、代わり映えのしない風景。
臨也の事務所に遊びに来ては彼の仕事の手伝いをする。
臨也から渡された書類をファイリングして、時にはネットでサポートして。
休憩時にお茶とお茶菓子を持ってくる。
些細な、けれど帝人にとってはとても大切な時間。
周囲から言われ続けてきたが、臨也は帝人に対して甘いと、帝人自身も思った。
人間を愛していると公言しているくせに、他人を全く信用していない臨也。
そんな臨也がプライベートを許した相手。
それだけで、自分を特別扱いしてもらっていると思うのは過剰だろうか。
(あぁ、また電話・・・女の人だなぁ)
帝人はつい数分前に渡された書類を言われたとおりにフォルダーに通しながら、
臨也の電話に耳を立てる。
少し離れた場所にあるソファに座りながら、
大きな窓を背にして座る臨也にちらりと視線を送った。
仕事なのだ、と分かっていても楽しそうに話す臨也に、
微笑むその表情に自分の心が黒く淀んでいく。
電話口から聞こえる女性特有の高い声音に、下唇を噛みしめた。
片思いなんて、自分には似合わないものだと思っていた。
胸をキリキリと真綿で締め付けていくような、
苦しくてもどかしい感情。
服の上から自分の胸をぎゅっと掴む。
(僕って気持ち悪いな・・・)
男が同姓の男に恋をしているなんて気持ち悪い以外の何ものでもないだろう。
人間を愛しているという臨也の感情は、言わば博愛だ。
帝人が臨也に向ける感情とはそのベクトルが違いすぎる。
ため息が、自然と帝人の口から漏れた。
「どうしたの帝人くん?どっか分からない資料とかあった?」
沈んだ考えを永遠と繰り返していた所に、
突如臨也の声がとても近い距離で聞こえた。
帝人は肩をびくっと揺らすと、驚きで目を見開く。
「え・・・っと」
「ん?」
臨也はいつの間にか電話を終え、帝人の隣に腰掛けていた。
甘い笑みを浮かべながら臨也は、まだ手つかずの資料を手に持った。
「うーん?あんまり難しい内容じゃないよね、これ」
「あ、はい。そうですね」
臨也の言葉に帝人は素直に頷いた。
「それなのにいつもより時間掛かってるね」
にっこり、というにふさわしい笑みを向けられ、帝人は息を詰らせた。
暗に何を考えていた?と問われている気がして。あの臨也だ。
気がする、ではなくそうなのだろうが帝人は自分の思いを臨也に伝える気は無かった。
(だって絶対気持ち悪いって思われる・・・っ)
そうなればこうやって気軽に臨也のマンションに足を踏み入れることは困難だろう。
臨也自身が許可しない限り、このマンションにさえ入れないのだから。
「・・・そうですね」
だから帝人は曖昧に微笑み、言葉を濁す。
そんな帝人の反応に臨也は一瞬表情を無くした。
しかしすぐに先ほどと同じ笑みを浮かべたため、帝人は先ほどの表情は見間違いだと思った。
臨也はソファに背を預けて天井を仰ぎ見る。
「そっかー。ふぅん」
急に重たくなった空気に帝人は眉を寄せる。
表情はにこやかなのに、纏う空気はどこか剣呑としていた。
「え、えっと臨也さん・・・?」
不安になり、臨也に呼びかける。
けれど臨也は何も答えず、持っていた資料を急に机に叩きつけた。
空気の乾いた音に帝人は驚き身をすくませる。
帝人は臨也の行動に目を白黒させていると、冷たい臨也の視線に背筋を凍らせた。
(怒ってる・・・)
今までの経験から帝人は臨也が怒りを感じていると悟った。
表面は笑みをたたえているのに、その瞳だけ熱がない。
氷鋭の様な視線に、彼の怒りがかいま見られるような気がした。
(でもどうして怒っているんだろう?)
帝人にはどうして臨也が怒っているのか皆目見当が付かなかった。
理由が分からない怒りをぶつけられて何も思わないほど、
鈍感でも図太くもない。
帝人は膝の上で拳を作ると、気丈にも臨也を睨み付けた。
「い、一体何を怒ってるんです?僕が、何か・・・何かしましたか」
「何か?なにそれ、俺の口からわざわざ言わすの?
帝人くんって意外に性格えげつないんだねぇ」
「なっ」
あまりの臨也の物言いに、帝人は腹の底が熱くなる様な怒りを感じた。
八つ当たりともとれる臨也の言葉に、帝人は怒鳴りつけない気持ちになる。
けれど、ここで言い合いになっても職業柄から臨也に口で勝てない事は分かり切っていた。
帝人はぎゅっと口をつぐむしかない。
しかし、そんな帝人の態度に臨也は舌打ちをした。
「なんなの帝人くん。え、何?自覚無いのもしかして?うわぁ、それすっごくムカツクなぁ」
(ムカツクのはこっちですっ)
帝人は作った拳を更に握りしめ、視線を下へと下げた。
臨也からの侮蔑の眼差しを視界に入れたくなかった。
どうして臨也が怒っているのか、帝人をそんな目で見つめてくるのか、
全く分からない。
分からないから対応のしようがないし、口論もできっこない。
(僕にどうしろって言うの・・・)
どうしてこんな惨めな気持ちにならないといけないのだろう。
泣きたくないのに、じわりと熱いものが目頭から滲んできた。
(いけない・・・っ)
ここで泣けばさらに惨めな気持ちになりそうで、帝人は必死に目に力を込めた。
その時、臨也から重たいため息が零れる。
知らず知らずのうちに帝人は臨也のため息に肩を揺らした。
「本当に、君って子は疎いよねぇ」
呆れた声音を含ませて呟かれた言葉に、とうとう帝人の瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。
それを皮切りにポロポロと小粒の涙が後から後から止まることなく流れていく。
「って、え?何何!?帝人くん泣いてるの?もしかしてっ」
慌てだした臨也の声をうっすらと聞きながら、帝人は臨也に背を向けた。
鬱陶しいと思われたくなくて、何とかして涙を止めようとゴシゴシと目元を擦る。
ヒリヒリして痛かったが、それぐらいしか止め方が思いつかなかった。
「帝人くん」
「っ」
「あぁ、もう・・・君って子は」
呆れられた?と帝人が思ったその時、背中に暖かい熱が感じられコロンの香りが鼻孔を刺激する。
「泣くなんて思わなかった、ごめんね言い過ぎたよ」
「うぅっ」
腰に回された腕に首元に埋められた臨也の顔。
くぐもった声は謝罪の言葉を述べて、帝人は更に涙を流した。
「あーあー。泣かないでってたら」
「ごめんなさっ」
臨也はちらりと帝人を肩口から見上げると、苦笑をその口元に浮かべる。
抱きしめている帝人の身体を少し強引に自分の方へに向かせると、
涙を流している帝人の瞳を指の腹でぬぐい去った。
「目元真っ赤。そんなに擦ったらだめだよ」
「いざやさ・・・」
「うん、ごめんね。酷い言い方しちゃったよね」
帝人は臨也の苦笑とも、微笑みともともれる笑みにまた泣き出してしまう。
そんな帝人の頭を臨也は自分の胸に柔らかく押しつけた。
甘い香りに包まれて帝人は涙の雫を零す。
臨也に縋るように、帝人は黒い服をぎゅっと掴む。
その黒い服に涙が吸い込まれて染みになってしまうだろうが、
今はただ涙を止めることが出来なかった。
「落ち着いた?」
「・・・はい」
「ん。それはよかった」
柔らかい声音と共に頭を数度撫でられて、帝人は漸く落ち着きを取り戻す。
顔を上げてみれば先ほどと同じような、
臨也の事務所に遊びに来ては彼の仕事の手伝いをする。
臨也から渡された書類をファイリングして、時にはネットでサポートして。
休憩時にお茶とお茶菓子を持ってくる。
些細な、けれど帝人にとってはとても大切な時間。
周囲から言われ続けてきたが、臨也は帝人に対して甘いと、帝人自身も思った。
人間を愛していると公言しているくせに、他人を全く信用していない臨也。
そんな臨也がプライベートを許した相手。
それだけで、自分を特別扱いしてもらっていると思うのは過剰だろうか。
(あぁ、また電話・・・女の人だなぁ)
帝人はつい数分前に渡された書類を言われたとおりにフォルダーに通しながら、
臨也の電話に耳を立てる。
少し離れた場所にあるソファに座りながら、
大きな窓を背にして座る臨也にちらりと視線を送った。
仕事なのだ、と分かっていても楽しそうに話す臨也に、
微笑むその表情に自分の心が黒く淀んでいく。
電話口から聞こえる女性特有の高い声音に、下唇を噛みしめた。
片思いなんて、自分には似合わないものだと思っていた。
胸をキリキリと真綿で締め付けていくような、
苦しくてもどかしい感情。
服の上から自分の胸をぎゅっと掴む。
(僕って気持ち悪いな・・・)
男が同姓の男に恋をしているなんて気持ち悪い以外の何ものでもないだろう。
人間を愛しているという臨也の感情は、言わば博愛だ。
帝人が臨也に向ける感情とはそのベクトルが違いすぎる。
ため息が、自然と帝人の口から漏れた。
「どうしたの帝人くん?どっか分からない資料とかあった?」
沈んだ考えを永遠と繰り返していた所に、
突如臨也の声がとても近い距離で聞こえた。
帝人は肩をびくっと揺らすと、驚きで目を見開く。
「え・・・っと」
「ん?」
臨也はいつの間にか電話を終え、帝人の隣に腰掛けていた。
甘い笑みを浮かべながら臨也は、まだ手つかずの資料を手に持った。
「うーん?あんまり難しい内容じゃないよね、これ」
「あ、はい。そうですね」
臨也の言葉に帝人は素直に頷いた。
「それなのにいつもより時間掛かってるね」
にっこり、というにふさわしい笑みを向けられ、帝人は息を詰らせた。
暗に何を考えていた?と問われている気がして。あの臨也だ。
気がする、ではなくそうなのだろうが帝人は自分の思いを臨也に伝える気は無かった。
(だって絶対気持ち悪いって思われる・・・っ)
そうなればこうやって気軽に臨也のマンションに足を踏み入れることは困難だろう。
臨也自身が許可しない限り、このマンションにさえ入れないのだから。
「・・・そうですね」
だから帝人は曖昧に微笑み、言葉を濁す。
そんな帝人の反応に臨也は一瞬表情を無くした。
しかしすぐに先ほどと同じ笑みを浮かべたため、帝人は先ほどの表情は見間違いだと思った。
臨也はソファに背を預けて天井を仰ぎ見る。
「そっかー。ふぅん」
急に重たくなった空気に帝人は眉を寄せる。
表情はにこやかなのに、纏う空気はどこか剣呑としていた。
「え、えっと臨也さん・・・?」
不安になり、臨也に呼びかける。
けれど臨也は何も答えず、持っていた資料を急に机に叩きつけた。
空気の乾いた音に帝人は驚き身をすくませる。
帝人は臨也の行動に目を白黒させていると、冷たい臨也の視線に背筋を凍らせた。
(怒ってる・・・)
今までの経験から帝人は臨也が怒りを感じていると悟った。
表面は笑みをたたえているのに、その瞳だけ熱がない。
氷鋭の様な視線に、彼の怒りがかいま見られるような気がした。
(でもどうして怒っているんだろう?)
帝人にはどうして臨也が怒っているのか皆目見当が付かなかった。
理由が分からない怒りをぶつけられて何も思わないほど、
鈍感でも図太くもない。
帝人は膝の上で拳を作ると、気丈にも臨也を睨み付けた。
「い、一体何を怒ってるんです?僕が、何か・・・何かしましたか」
「何か?なにそれ、俺の口からわざわざ言わすの?
帝人くんって意外に性格えげつないんだねぇ」
「なっ」
あまりの臨也の物言いに、帝人は腹の底が熱くなる様な怒りを感じた。
八つ当たりともとれる臨也の言葉に、帝人は怒鳴りつけない気持ちになる。
けれど、ここで言い合いになっても職業柄から臨也に口で勝てない事は分かり切っていた。
帝人はぎゅっと口をつぐむしかない。
しかし、そんな帝人の態度に臨也は舌打ちをした。
「なんなの帝人くん。え、何?自覚無いのもしかして?うわぁ、それすっごくムカツクなぁ」
(ムカツクのはこっちですっ)
帝人は作った拳を更に握りしめ、視線を下へと下げた。
臨也からの侮蔑の眼差しを視界に入れたくなかった。
どうして臨也が怒っているのか、帝人をそんな目で見つめてくるのか、
全く分からない。
分からないから対応のしようがないし、口論もできっこない。
(僕にどうしろって言うの・・・)
どうしてこんな惨めな気持ちにならないといけないのだろう。
泣きたくないのに、じわりと熱いものが目頭から滲んできた。
(いけない・・・っ)
ここで泣けばさらに惨めな気持ちになりそうで、帝人は必死に目に力を込めた。
その時、臨也から重たいため息が零れる。
知らず知らずのうちに帝人は臨也のため息に肩を揺らした。
「本当に、君って子は疎いよねぇ」
呆れた声音を含ませて呟かれた言葉に、とうとう帝人の瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。
それを皮切りにポロポロと小粒の涙が後から後から止まることなく流れていく。
「って、え?何何!?帝人くん泣いてるの?もしかしてっ」
慌てだした臨也の声をうっすらと聞きながら、帝人は臨也に背を向けた。
鬱陶しいと思われたくなくて、何とかして涙を止めようとゴシゴシと目元を擦る。
ヒリヒリして痛かったが、それぐらいしか止め方が思いつかなかった。
「帝人くん」
「っ」
「あぁ、もう・・・君って子は」
呆れられた?と帝人が思ったその時、背中に暖かい熱が感じられコロンの香りが鼻孔を刺激する。
「泣くなんて思わなかった、ごめんね言い過ぎたよ」
「うぅっ」
腰に回された腕に首元に埋められた臨也の顔。
くぐもった声は謝罪の言葉を述べて、帝人は更に涙を流した。
「あーあー。泣かないでってたら」
「ごめんなさっ」
臨也はちらりと帝人を肩口から見上げると、苦笑をその口元に浮かべる。
抱きしめている帝人の身体を少し強引に自分の方へに向かせると、
涙を流している帝人の瞳を指の腹でぬぐい去った。
「目元真っ赤。そんなに擦ったらだめだよ」
「いざやさ・・・」
「うん、ごめんね。酷い言い方しちゃったよね」
帝人は臨也の苦笑とも、微笑みともともれる笑みにまた泣き出してしまう。
そんな帝人の頭を臨也は自分の胸に柔らかく押しつけた。
甘い香りに包まれて帝人は涙の雫を零す。
臨也に縋るように、帝人は黒い服をぎゅっと掴む。
その黒い服に涙が吸い込まれて染みになってしまうだろうが、
今はただ涙を止めることが出来なかった。
「落ち着いた?」
「・・・はい」
「ん。それはよかった」
柔らかい声音と共に頭を数度撫でられて、帝人は漸く落ち着きを取り戻す。
顔を上げてみれば先ほどと同じような、