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Hepatica

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Hepatica



 真白の銀世界で見つけた藤色の花。
 ただ、その藤色の輝きを目指して何人をも寄せ付けぬ、懸崖の奥にある秘境へと舞い降りた。
 突然の来訪者にも驚くこともなく、ほんの少しはにかみながら、冷たく降り積もった雪の下から春の訪れを告げるHepaticaのように、柔らかな笑みを出迎えた彼は浮かべていた。




【 Hepatica 】




1.

 石造りの不思議な形をした塔の中に招き入れられたシャカは小さな暖炉のある部屋に通された。部屋の片隅には小さなテーブルと一脚しかない椅子。その椅子の主に「どうぞ」と勧められたシャカは一瞬戸惑ったが、勧められるままに腰を落ち着かせた。
 椅子の主は満足そうな笑みを浮かべると、テーブルの上に置いてあった、使い古された…ともすれば、くたびれた感のある膝掛けほどの大きさの毛糸で編まれたものをシャカの膝上に乗せた。
 それは継ぎ接ぎだらけの布のように所々を新たな毛糸を継ぎ足して編みこまれていた。きっと大切に使っているのだろうということが訊かずともわかる。
「あなたのお国と違って、ここはお寒いでしょう?もう少しすれば、部屋も温もると思いますので…それまで、それでご辛抱くださいね」
 火の加減を見ながら薪を少しずつ焼べていく友の横顔をうっすらと瞳を開けてシャカは盗み見た。
 シャカは瞳を閉じていてもモノを「みる」ことはできる。けれども、直接に彼の姿をみたいと思ったのだ。
「かまわない……突然、訪ねてきたのは私の方だから」
「ですが、そういうわけにも……」
 ほんの少し笑みながら、振り返った彼は薪を焼べていた手を止めて、大きな瞳を見開いた。昔と変わる事無く、芽吹いたばかりの若草色に輝く綺麗な瞳――驚いたときや好奇心に触れたときにキラキラとする瞬間はまるで朝陽を受けて透ける緑葉のようで、とても好きだったということをシャカは思い出した。
 そして、思い出すほどに久しく会っていなかったということにも。
 敬愛していた双子座の聖闘士同様、誰にも何の理由を告げることなくある朝、聖域から忽然と姿を消した友……ムウ。
 そして射手座の聖闘士の謀叛。からくもそれは教皇の手により未遂で終わったけれども、聖域を覆う不穏な空気は未だ濃いままだ。命ぜられるままに勅を果たし、望むままに修行の日々を送った。ムウは聖域を裏切ったのか、それとも見限ったのか……確かめることさえもできなかった―――いや、しなかった。
 心の何処かでムウに裏切られたのだと感じたためだろう。教皇の命でなければ、今こうやってムウと顔を合わすことなどなかった。
 どこかよそよそしく接してしまうのはお互いがそう感じているからではないからだろうかとシャカは思う。過ぎ去った時間は外に降り積もった雪のようにも思いながら、シャカはそっと瞳を閉じた。
「本当に気を遣う必要はない。気を遣われるとかえって私の気が滅入る」
 ムウを訪ねたのはただ懐かしむためだけに友の下へ訪れたのとは違うからである。教皇の命があってのこと。使者を送ってもことごとく追い返すムウに業を煮やした教皇がムウの腹を探るようにシャカに命じたのだ。
 シャカにすれば後ろめたさも僅かにあり、胸の上に重く圧し掛かるものとなっていた。
「……理由は何であれ、私を訪ねて来て下さった。それが嬉しいのですよ……だから、精一杯のもてなしをさせて下さいね。といっても、あまり大したことはできないんですけれども」
 そう言ったムウの表情はすべてを承知していながら、何かを恐れているようにも見えたけれども、ムウの努力を無駄にはしたくないと思ったシャカはただ短く「ああ」とだけ返事をした。



作品名:Hepatica 作家名:千珠