Hepatica
2.
規則的に響き渡る音と手際よく進められるムウの作業。ムウの神経に障らぬ程度に眺めながら、用意されたお茶と菓子をシャカは啄んでいた。時々顔を上げてはシャカに向かって、一言二言ムウは声をかけてきた。
大概が今の聖域の情勢についての質問だ。ムウが出奔してから早いもので十年は経過している。幾度となく聖域に呼び出されていたにも関わらず、一度たりとてムウは聖域に足を向けようとはしなかった。彼を頑にする「何か」は薄いヴェールで覆われていて、強引に剥ぎ取り、暴くことは憚れた。今はまだ知るべき時ではないのだとシャカの本能が警告していたから。
ムウの口から事の真相が語られるまで、シャカからは問い詰めるようなことはしまい、自重しようと心に決めていた。
「―――今日はこれくらいで終わらせましょう。あなたも退屈だったでしょう」
「いや、人が何かに没頭している姿を見るのは楽しい」
「そうですか?だと良いんですが」
汚れた手を一度ムウは見た後、シャカの横を通り過ぎ、洗い場へと姿を消した。ムウが作り上げようとしているものを直接、この目で見たいとシャカは思い、立ち上がると、作成途中にある芸術品といっても過言ではない作品に近づき、そっとシャカは目を開いて腰を折り、まじまじと眺めた。
ムウの一族が代々引き継いでいる能力が存分に発揮され、見事な細工が施されていた。手を洗い終えたムウが静かに傍に近づいてくるのを感じ、背中越しに声をかける。
「素晴らしいものだ」
「あなたに褒めて貰えるのであれば、無駄なことでも価値あるものとなりますね」
心底嬉しげな調子で告げたあとに「困ったな」と彼は付け加えた。
「?」
作品に向けていた眼差しをムウへと移動し、シャカはじっと見つめて小首を傾げた。するとムウがハッとしたように息を呑んだのが判った。僅かな時間、ムウはシャカを見つめていたが、その後に頬を紅潮させ、気不味そうに顔を横に向けた。
「どうした?具合でも悪くなったのかね?」
そう言いながらシャカはムウに手を伸ばしかけたが、ムウが過敏な反応を見せたので彼に触れることはせず、そのまま元の位置へと手を納めた。
「すみません、何でもないのです。気にしないで、シャカ」
「――ああ?」
結局、その後、シャカは用意された部屋で休むことになった。以前、ここを訪ねた時と同様にムウが普段使用しているベッドで身体を休める。
寝具に身を委ねるとムウの柔らかな匂いに包まれて、まるでムウに抱きしめられているかのような錯覚さえシャカは覚えた。
「馬鹿だな、私は……」
こんなにも温かくて―――優しいのに、寂しい。どうしようもなく悲しい気持ちが夜の闇のように忍び込んで、シャカの心を満たした。