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Hepatica

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3.

(なぜシャカはこれほどまでにタイミング良く、私を訪ねたのだろうか――)

 パチリと大きく爆ぜた火の粉はすぐに消えたが、紅い炎はいつもより優しく揺れながら、周囲を温かくしている気がしたムウである。
 シャカの唐突な訪問には過去にも驚いたことはあれども、今日ほど肝を冷やすような驚きはムウにはなかった。シャカが訪ねて来ている事など露とも知らず、遠い過去を視てきたばかりであったからという理由もある。
 
 今のシャカへと繋がる過去の幻影――先代バルゴ。
 
 その輝ける命を散らした場所はムウ自身にとって、苦しみの原因に充分なり得た。
 初めて、師と共に秘密の場所へと連れられた時、ただ恐怖に支配された。ムウはそこで初めて「死」というものを知ったのである。静かに諭す師の言葉は深い楔となって魂まで刻み込まれた。
 聖闘士が生まれた意味、やがて訪れる宿命の戦い。覆されることのない預言のように告げられた師の言葉に全身の血は凍りついた。溢れ出る涙とは対照的に一言も言葉を発する事などできなかった。
 幻の人影は、美しすぎる小宇宙に身を包みながら、闇夜の終わりを告げる一条の光のような笑みを最後の瞬間まで満面に浮かべていた。
 
 ただ、その一瞬のためだけに生きた人。
 
 彼はムウにとって最初の死であり、最初の恋であったのかもしれない。塔に刻まれた記憶は鮮やかな色彩を放ち、心を捕えた。その彼が現実のものとなって、目の前に現れたのかと思ったほど、久々に会ったシャカは姿形も小宇宙さえも近づいていた。ひどく混乱し、衝撃を覚えたのだ。そして穿たれた楔から、赤い血が滴り落ちるのを感じた。
 師が告げた、いつか訪れるその日。
 ムウはこの塔があの時を迎えたように、ただシャカの為すべきことを見守らねばならないのだとしたら―――拷問に等しい所業に耐えるために今以上、シャカと親しくなることは禁じるべきなのだろうと思った。シャカとはある程度の距離を保っていかなければならないのだと。
 そうでなければ、かつて一族を束ねた者のように強い精神で黙って見送り、その時を迎えなければならない―――そのような真似ができるのだろうかと。
 トントンとノックが戸口で聞こえ、返事をする前にカチャリと静かに扉が開かれた。
 ムウは慌てて頬に滑り落ちたものを掌で拭い取ると、上半身を起こして扉へと向き直る。するりと細い身体を隙間から滑り込ませながら侵入してきたシャカはムウを見るなり、小さく肩を上下させた。尋常ではない様子に気づいたのか、そっとムウの元へと近づき、ただ黙ってその肩を抱いたのだった。ムウの息は詰まった。

「ああ―――また、あなたは何かを感じてしまったのですね?」

 平坦な声を努めてみたが、唇が小さく震えるのは納められなかった。「ああ」と静かな波音のようにシャカの声が耳に届く。

「少し話をしないか、ムウ」
「それはいいのですが、改まってどうしたというの……」

 ―――ですか?という言葉はのみこんだまま。じんわりと伝わる人肌の温かさに言葉を失ってしまったのだ。するりと猫のように擦り寄ったシャカ。頬と頬が直接触れ合った。首筋に温かなシャカの吐息がかかり、ぞくりと全身が泡立っていくのをムウは感じた。
 戯れの過ぎるスキンシップに目を白黒させながら、うまく神経の伝達が行き届かなくなったぎこちない動きを見せる指先がようやくシャカの身体に触れたけれども、ひどくその指先が熱く感じられた。

「シャカ、一体…これは……」

 とくん、とくんとシャカの鼓動が肌を通して感じられる。同時にムウの鼓動もまた、肌を通してシャカに通じているのだろうかと思ったのと同時に鼓動は急激に速度を増した。自然と体中の熱が増し、火照り始める。
 脳裏さえ痺れそうになって、シャカの身体を引き離そうとやっとの思いでシャカの両腕を掴み、押しやった。深いところで渦巻き始めた激情の種をムウは必死で押さえ込みながら、真正面に位置するシャカと向き合う。するとどうだろう。そんなムウの努力をシャカはいとも簡単に打ち崩そうとするのだ。
 すうと通り過ぎる風のようにシャカの双眸が押し上げられていくのをムウは視線を逸らす事も許されないまま、見つめた。
 厳しい冬の季節にあるこの土地では久しく見ることのない、美しく透き通った明るい空の色を宿した瞳。焦がれる想いのままに捕らえられた時、引き離したはずのムウは逆に吸い寄せられる羽目になった。気付けば、シャカの細身を抱き締め、口づけていたのだ。
 重ねたシャカの唇の柔らかさ、掠めた吐息の甘さは麻酔となってムウの理性を深い眠りへと誘うには充分過ぎるものだった。


作品名:Hepatica 作家名:千珠