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あきのそら
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Disparition ~ 消えた歌姫

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プロローグ



 12月初めの鈍色の空に派手なイルミネーションの広告船。
 船体側面の巨大モニターには、琴音リルの新曲CMがこれまた派手な大音量で流れている。

 「リルの新曲『Pop’n ♪リルリル☆』!聴いて、踊って、すっとぼけちゃおぅ!」

 アップで映し出された満面の笑みと元気な声に、どこからか奇声に近い歓声が聞こえてくる。
 ファンにとっては曲名や良く分からないキャッチコピーのセンスはどうでもよろしいらしい。
 あまつさえ、公衆の面前で恥ずかしげもなく「ぽーっぷ ぽーぷぴぷ」などと曲に合わせて踊り始めるものまでいるのだから、実に平和な世の中だ。

 広告船のモニターは切り替わり、続いて風前さくらの新曲が流れてくる。
 先ほどまでのノーテンキな曲調とは打って変わって、冬らしいバラードである。

 「俺はやっぱりさくらだなぁ」
 「そうねー。でもリルも元気があってかわいいよねー」

 踊り続けるリルファンの横を、そんな会話をしながらカップルが通り過ぎていく。
 今となっては珍しくもない日常の光景だ。


 『ボーカロイド』が市民権を得てどれくらいになるだろうか。
 初めはパソコン上で歌声を合成するだけにすぎなかったソフトウェアにCGアニメが付けられ、その手軽さから自作の曲をネット上に公開するP(プロデューサー)が増え、気がつけば小説やらマンガやらにまでなっていた。
 そして最終的には二次元に留まらず、実体化する企業まで出てきたことで音楽業界に『第二次ボカロブーム』が巻き起こる。
 レコード会社やプロダクション事務所はこぞってボカロ獲得(と言うよりは購入か)に熱くなり、メーカー各社はさらに高性能のボカロ開発に熱くなり。
 結果、今や世界のアーティストやアイドルと呼ばれる人口の4割はボカロである。

 とは言え「人間の」アーティストの需要が無くなったわけではない。
 ボーカロイドはその特性上、声も表情も無機質な製品が多いために「歌い手として必要な感情の表現に決定的に欠けている」と酷評するものもいた。
 加えて、ボーカロイドにはボイストレーニングやダンスレッスンが不要なため(当然すべてプログラミングなわけで)、そこに危機感を覚えるトレーナーやダンサーも快くは思っていない。
 そういった『アンチボカロ』派のおかげで、微妙ではあるがバランスが取られている。
 最近ではメーカー各社も「表現力」の開発は技術的に頭打ちと言った現実だ。

 一部を除いて。
 そう、極々限られた、一部の例外を除いて、だ。

 『琴音リル』はその最たる一例と言えるだろう。
 リルも本来はごく普通(?)のボーカロイドである。
 稼働開始(デビュー)直後のリルはやはり無機質で、感情の抑揚も特に無く、淡々とプログラムされた歌と踊りをこなすだけだった。
 だがある日、その歌って踊れる機械人形に感情を持たせようなどと無理無茶無謀なことを考える男が現れる。
 「アイドルらしくないっ!」と言う理由だけで。

 コンピューターが実際に感情を持つわけではもちろん無い。
 繰り返し繰り返し、気が遠くなるくらい繰り返し、人間の感情の何たるかをAIに学習させ、細かい表情の変化や表現力をインプットしていく。
 言葉で言うほど簡単ではない。
 AIの学習能力は歌や踊りと言った『作業』は経験として蓄積され、時には応用されていくが、感情は『作業』では無い。

 リルは突然変異のボカロだった。
 何が原因で理由かは未だ不明ではあるが、ある日を境に、笑ったり怒ったりするようになったのだ。
 お気楽ご気楽ノーテンキの天然おとぼけキャラになってしまった理由も不明ではあるが。

 リルは言う。
 「だってタイヨーがそうした方がいいっていったからだヨ?」
 かくして、超熱血マネージャーの努力の賜で、異色の感情型ボーカロイドが誕生することになる。
 皮肉にも、それが理由でメーカー各社の開発陣から狙われる羽目になるのだが…それはまた、別の話で。


 「タイヨーお待たせしたナー」
 「お前、おっせー…って、なんだその格好っ!?」
 かけられた声に振り向けば、太陽の前に『雪だるま』が突っ立っている。ご丁寧にスコップ片手に頭にはバケツの帽子だ。待ち合わせじゃ無ければそれがリルだとは思わないだろう。
 「…なんで?なんで雪だるまなんだ?」と、口をぽかんと開けた太陽に向かって、
 「だって、出かけるときは変装しろって言ったダロ?今は冬ダロ?冬と言えば雪だるまダロ?」などとしれっと言う。
 わざとやっているとしか思えないが、これがリルの「普通」なのだ。
 誓って言おう。本人に悪気は1ミクロンたりとも無い。
 「…あのな、リル。周りを見てみろ。雪なんて無いだろ?雪が無いのに雪だるまが歩いてたらかえって怪しいだろう?怪しかったら変装にならないだろーが」
 正論に聞こえなくもないが、どうにも論点がズレている。だがこれもまた、太陽の「普通」なのだ。
 再び誓って言おう。本人は至って大真面目である。 
 突っ込みどころ満載の、ほとんど漫才としか思えない一人と一ダルマを物珍しそうに(当たり前だ)、だがしかし、遠巻きに恐る恐る見やる視線に気がつけば、
 「とにかく脱げ。今すぐここで脱げ」などと18禁すれすれのセリフともに雪ダルマの頭を引っこ抜き、顔が出てくれば慌てて伊達メガネをかけてニットの帽子を被せてやる。念のため中身をのぞけば、幸い、普通の服装だ。
 薄いピンクの腰まであるロングの髪は、ボーカロイドやメイドロイドが日常のこの世界では特別人目を引くものではない。メガネとニット帽ですぐさま周囲に溶け込んだ。
 「これでよし。あんまり時間が無いからさっさと行くぞ?」
 「雪だるま、どうスルー?」
 「とりあえず置いとけ。後で取りに来てやるから」
 その前に回収されるのがオチだと思うのだが…。何も言うまい。

 「いいか、リル。今日は大事なメンテなんだから、博士の言うこと真面目に聞くんだぞ?」
 待ち合わせのセンター街から外れて7ブロックほど歩くと、それまでネオンや看板ばかりだった華やかな風景が一変して無機質なコンクリートの低い建物が続く。
 クリプトン集中研究開発施設群 ― 通称、クリプトンセンター ― ボーカロイドやメイドロイドの開発・販売の大手であるクリプトン社専用の施設である。
 国内企業でありながら世界的にも需要の高いクリプトン社は、この街の税制にとってもお得意様だった。そのため、こうして街の一角を堂々と専用施設にできてしまったりするのである。
 「リルはいつでも真面目だゾ、タイヨー」
 その言葉に偽りは無い。本人は至って『真面目に』ボケているのだから。
 「ならいつも以上に真面目にしとけ。これから年末年始にかけてどんどん忙しくなるんだから、今のうちにしっかり見てもらわないと動けなくなるぞ」
 これはあながち大げさな脅しではない。ボカロとして忙しいのはもちろんだが、突然変異として研究者の格好の目標になっているリルは狙われることが多く、誘拐未遂や機能停止未遂などは日常茶飯事だ。