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水底にて君を想う 水底【2】

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 そう言いながら賢木の顎に指をかける。
 白くて長い指。
「貴方なら、生体コントロールで下げておける」
 賢木は体調の悪さの原因をようやく思い知る。
 なんのことはない、ずっと発熱をしていたのだ。
 それを、催眠によってずっと自分で下げ続けていただけなのだと。
 能力を使い続けた疲労は、賢木の身体を蝕んでいる。
 今思えば、インフルエンザウイルスへの対処が終わって家に帰った日、疲労のためにまともに能力が使えなくなっていた。
 だから、熱が出たのだ。
 僅かな休息で、使えるようになれば、無意識の内に熱を下げた。
「……貴方は、それを望んでいた。熱で動けなくなるより、それがどんな無理でも動ける状態でいたかった。私の催眠は、そんな貴方の心理を利用しただけ」
「ずい、ぶん……手間をかけるじゃねえ……か」
 教授の手は未だ賢木の腕を掴んでいる。
 サイコメトリーを試みるが、頭の痛みが邪魔をする。
「このウイルスは次の段階に移行するのに時間がかかるから、催眠が解けないように、随分と気を使ったのよ。兵部京介が接触してきた時には、肝を冷やしたわ」
 それでも、結局のところ兵部ですら気付かなかった。
 超度七、まさに『魔術師』級の催眠の持ち主。
 賢木は目を閉じる。
 闇が意識を捉えようと、手を伸ばしてくる。
「そ、れで……?」
 ゆっくりと瞼を開け、『黒い幽霊の娘』の目を睨み返す。
 一体、何が起こるのか。
 自分を殺すために、こんな真似をしたわけじゃないだろう、賢木の目はそう問いかけていた。
「人間爆弾。旧日本軍が好きな手ね」
「?」
「もともと超能力の開発の為に研究されたこのウイルスは、投与すると脳に影響して能力の拡大を促すの。でも、二度目の投与でそれは止まらなくなる」
 賢木の顔色がサッと変わる。
「暴走した能力は、やがて自己崩壊を起し、死に至る。その際、周囲の、これは超度によるようだけど、超能力者を巻き込む」
「ば、馬鹿な……そんなバカなことが起こるかっ!」
「超能力者は、普通人と違って互いに感応する、それは知っているでしょ?」
 『黒い幽霊の娘』の言葉に賢木はただ首を振る。
「それは……僅かに、という程度のはずだ」
「そうね。でも言ったでしょ、能力を拡大させるって」
 賢木は言葉を失う。
「間違いなく巻き込むの。安心して、もう実験済みだから……」
 耳元に囁かれた言葉は賢木の心臓を鷲掴みにする。
「こうやって説明したのはね、貴方を絶望させるため。少しでも早く、自己崩壊に追い込むため」
 賢木の白くなった唇が震える。
 熱で朦朧としていた頭は、冷水を浴びせられたように冷え切っている。
「予知をね、邪魔しないでおいたの。バベルはこの情報を嗅ぎ付けるわ。動くのはあの子達ね。可愛い、可愛い、ザ・チルドレン。貴方が死ぬとき、きっと傍にいる」
「そ、それが狙いか!!」
 声が割れる。
「大丈夫、あの子達は死なないわ。でも……きっと傷付く。ふかーい、ふかーい、傷を負う」
 心底嬉しそうに『黒い幽霊の娘』の言葉が踊る。
「傷を負った子達は、私の可愛いお人形。逃れることなんか出来ないわ。それが例え超度七でも」
「っ……」
 事実だと賢木には分かった。
 これほどの催眠使いに、心に傷を負った状態で適うわけがない。
 恐らく、大した抵抗も出来ずにその手に落ちるのだろう。
 そして、かつてのティムやバレットのように使われてしまう。
 薫の、葵の、そして紫穂の笑顔が脳裏に瞬いて消えていく。
「さあ、おしゃべりはお仕舞い」
 『黒い幽霊の娘』は教授に合図を送る。
 賢木は必死で身を捩る。
 縛られた手首が、血を流す。
「やめろ、やめてくれ!!」
 悲痛な声が天井に突き刺さる。
 針がゆっくりと、肌にめり込んでいった。


 気を失った賢木を『黒い幽霊の娘』はただ見下ろしている。
 次に目を覚ました時、彼の地獄は始まるのだ。
 恐らく、そう長い時間ではないだろうけれど。
「さすがです、お嬢様」
 何時の間に来たのか、男が背後に立っている。
「テオドール、何の用です?」
「いえ、何かお手伝い出来ればと」
「不要です」
 短い応えに、男、テオドールはさようですか、と呟く。
「このウイルス、量産するの?」
「ええ、使い道がありますから。今回のように高超度の者を使ってしまうと、それより下の者は死んでしまいますから、次からはもっと超度の低い者を使うことになるでしょうが」
 テオドールの声は淡々と白い壁に反響する。
「『黒い幽霊』様はお嬢様の為に、この作戦を思いつかれたのです。『ブースト』のこともありますが、ぜひお気に入りの彼女達をお人形にと」
「……分かっています」
 テオドールは横目で『黒い幽霊の娘』を窺う。
 仮面を外した彼女の顔はなお、仮面をしているようだ。
「ザ・チルドレン達が動き出したようです。ここに来るのも時間の問題でしょう」
「そう」
 ほんの少し、表情が動く。
「では、私は失礼を」
 テオドールは軽く頭を下げる。
 後ろで扉が閉まる音を聞きながら『黒い幽霊の娘』は目を閉じた。
(薫ちゃん……)
 その名を心の中で呟く。
(私は……私は……お父様を裏切れない)
 白い頬に一筋の涙が落ちた。

-続く-