こらぼでほすと ケーキ1
目の前には、真っ黒なシフォンケーキがある。匂いは甘ったるい。それだけで坊主は不機嫌になるのだが、寺の女房は、そんなものはスルーだ。はい、と、フォークを持たせて味見しろ、と、笑顔で迫る。
「・・・おまえ・・・」
「まあ、騙されたと思って一口。」
女房が期待に満ちた目で、亭主に勧めるので仕方なく一口切り取った。甘い香りのケーキなんてものは、坊主は嫌いなのだが、口にしてみたら甘くなかった。ほろ苦い味の洋酒の香りのするケーキだ。
「くくくく・・・カカオ七十五パーセントのチョコっていうのは甘くないんですよ、三蔵さん。」 「そうか。」
「悟空には向かないとは思いますけどね。」
「まだあるのか? 」
「ようやく在庫の底が見えてきました。・・・あんたと悟空の分だけで、こんななんだからキラのは、もっと凄いんだろうな。」
毎年恒例の愛の季節。今年も、店で、そのイベントが行なわれた。バレンタインの十日前からイベントとして行なわれたのは、お客様に愛の言葉と花を贈るものだ。指名したホストから囁かれる言葉は、それぞれに違うもの。坊主は、花を差し出してやるだけなのだが、それでも酔わせてしまえば際限なく本気の口説きモードで囁かれる愛の言葉が聞けちゃうので、この時期の坊主はトップスリー在中の面目躍如な稼ぎを叩き出す。
本来のホストクラブなら、お気に入りのホストにプレゼント付きでチョコを渡すはずのお客様たちも、この店ではチョコだけを渡す。それが店の決まりごとなので高価な商品なんか持ち込まない。ただし、チョコだけは高級品がたんまりと持ち込まれる。そして、ひとりのホストにつき、かなりの数になるので、食べきれない分は施設に差し上げたりもするのだが、それでも、かなりの量が残るのだ。チョコはホスト自身で消化することになっているから、食べられそうなら食べてもらうが、トップスリーあたりになると、それも不可能な量になる。
というわけで、店でも各家庭でも、この時期はチョコの加工品が大量生産されるのだ。坊主は基本、チョコなんぞ食えるか、と、おっしゃるので女房が年少組のために、いろいろとお菓子にするのだが、たまには食わせてみようと試作した。
「おい、これなら爾燕も食うだろ? もっと作って配布しろ。」
「はははは・・・残念ながら、苦味の強いチョコは、これだけだったんです。たまには食べてさしあげないとお客様にも失礼でしょう。」
カカオ七十五パーセントチョコは一箱だけだった。それを細工したので、これに関しては在庫はない。
「おまえも食え。」
「はいはい。・・・あ、やっぱいけますね。」
「これなら食えるが・・・他のは勘弁だ。」
「わかってます。今年は、チョコケーキの試作してるんで、そっちで消化しちまうから、もう勧めません。」
「ああ、もう、そんな時期か。」
「・・・・そんな時期ですよ。当日は、土曜日だから、ちょっと豪華な夕食にして、年少組を呼びますから。」
この時期になると、寺の女房はせっせとケーキを試作する。いろんな種類なので、毎日のように年少組がやってきて試食する。オレンジ子猫たちの誕生日には、立派なケーキを完成させて、坊主に送ってもらっている。行方不明のオレンジ子猫たちのために陰膳としてケーキの念だけを送ってもらっているのだ。実際に食べるのは年少組で、それも承知して年少組も現れている。自己満足に過ぎなくても、少しでも祝っている気持ちが届けばいい、と、女房は言うから、坊主も陰膳はマメに送ってやっている。
「おまえ、ほんとバカだな? 」
「俺の自己満足だからいいんですよ。何かリクエストありますか? 」
「あっさりしたもんも作れ。」
「酒の肴ってことでしょ? それは、ちゃんとメニューに含んでますが、あっさりって言われてると・・・えーっと。」
「なんでもいい。おまえが作るなら食える。」
「あははは・・・俺、ナメタケとか作ってないんですけど? 板ワサだって切るだけだし? 」
「おまえが用意してるんじゃねぇーか、作ってるのは変らないだろ。」
「そうかなあ。」
寺の居間で夫夫がいちゃいちゃしているのだが、人目がなければ問題はない。だが、ハイネがこたつで同じように座っていたりする。いちいちツッコミをする気にもならないから無視して、ケーキは食べている。慣れれば日常会話だ。慣れるほどの時間、ハイネも寺に居候している。これだけいちゃこらしていても、当人たちは同居人と言い張るので、誰もツッコミする気力も失せている。
「すまないが、リニアのチケットの手配を頼む、フェルト。」
唐突にティエリアが言い出したことに、はい? と、フェルトは首を傾げた。予定では確かに、ティエリアの番ではあるが、さすがに、この佳境な忙しさの中で、それを要求されるとは思わなかった。
「チケットの発券は軌道ステーションでして欲しい。それから、偽造IDは俺がやってあるから、その名前で頼む。データは、これだ。」
メモリースティックを渡されて、うん、と、頷いた。まあ、これだけ過激に忙しいと息抜きしたくもなるだろう。だが、息抜きなんぞではなかった。
「エクシアがラボの格納庫で眠っているのなら解体して回収してくる。本体は後でも構わないが、兎に角、太陽炉だ。あれがなければ、マッチングテストが捗らない。」
「でも、刹那は、あれで大気圏を抜けてくるって・・・」
「リニアトレインで単独で上がって来れば問題はない。他のチェックをするというなら、リペアの機体がある。」
フェルトの報告に、ティエリアも考えていた。刹那の次世代機は、太陽炉を二機使用するものだ。そのマッチングテストが重要になる。今ある太陽炉でマッチングテストを試してみたが、捗々しくない。望みのエクシアの太陽炉を先に欲しかった。
「ニールの誕生日なら確実に刹那が戻っている。あいつがいれば、エクシアの解体も可能だ。俺が出向いて、せめて太陽炉だけでも引き上げてくる。」
この時期を待っていたのは、確実に刹那を捕らえるためだ。エクシアは刹那の機体で、専用のドック以外で解体しようとすれば、刹那の生体認証が必要になる。そうしなければ、エクシアの自爆モードが作動するからだ。
「刹那に、というか、キラに知られずに降りるには、俺たちが普段使っている偽造IDも使えないだろう。一週間で戻る。」
「わかった。手配する。」
ティエリアの言わんとすることは、フェルトにも理解できるから、その手配をする。そして、ひとつだけ頼みごとだ。
「その代わり、ニールの誕生日に私からのカードと花を贈ってくれる? ティエリア。また三人連名で。」
「そちらは了解だ、フェルト。カードを用意してくれ。すぐに降りる準備をする。・・・・ありがとう、俺たちのことも加えてくれて。」
「・・・おまえ・・・」
「まあ、騙されたと思って一口。」
女房が期待に満ちた目で、亭主に勧めるので仕方なく一口切り取った。甘い香りのケーキなんてものは、坊主は嫌いなのだが、口にしてみたら甘くなかった。ほろ苦い味の洋酒の香りのするケーキだ。
「くくくく・・・カカオ七十五パーセントのチョコっていうのは甘くないんですよ、三蔵さん。」 「そうか。」
「悟空には向かないとは思いますけどね。」
「まだあるのか? 」
「ようやく在庫の底が見えてきました。・・・あんたと悟空の分だけで、こんななんだからキラのは、もっと凄いんだろうな。」
毎年恒例の愛の季節。今年も、店で、そのイベントが行なわれた。バレンタインの十日前からイベントとして行なわれたのは、お客様に愛の言葉と花を贈るものだ。指名したホストから囁かれる言葉は、それぞれに違うもの。坊主は、花を差し出してやるだけなのだが、それでも酔わせてしまえば際限なく本気の口説きモードで囁かれる愛の言葉が聞けちゃうので、この時期の坊主はトップスリー在中の面目躍如な稼ぎを叩き出す。
本来のホストクラブなら、お気に入りのホストにプレゼント付きでチョコを渡すはずのお客様たちも、この店ではチョコだけを渡す。それが店の決まりごとなので高価な商品なんか持ち込まない。ただし、チョコだけは高級品がたんまりと持ち込まれる。そして、ひとりのホストにつき、かなりの数になるので、食べきれない分は施設に差し上げたりもするのだが、それでも、かなりの量が残るのだ。チョコはホスト自身で消化することになっているから、食べられそうなら食べてもらうが、トップスリーあたりになると、それも不可能な量になる。
というわけで、店でも各家庭でも、この時期はチョコの加工品が大量生産されるのだ。坊主は基本、チョコなんぞ食えるか、と、おっしゃるので女房が年少組のために、いろいろとお菓子にするのだが、たまには食わせてみようと試作した。
「おい、これなら爾燕も食うだろ? もっと作って配布しろ。」
「はははは・・・残念ながら、苦味の強いチョコは、これだけだったんです。たまには食べてさしあげないとお客様にも失礼でしょう。」
カカオ七十五パーセントチョコは一箱だけだった。それを細工したので、これに関しては在庫はない。
「おまえも食え。」
「はいはい。・・・あ、やっぱいけますね。」
「これなら食えるが・・・他のは勘弁だ。」
「わかってます。今年は、チョコケーキの試作してるんで、そっちで消化しちまうから、もう勧めません。」
「ああ、もう、そんな時期か。」
「・・・・そんな時期ですよ。当日は、土曜日だから、ちょっと豪華な夕食にして、年少組を呼びますから。」
この時期になると、寺の女房はせっせとケーキを試作する。いろんな種類なので、毎日のように年少組がやってきて試食する。オレンジ子猫たちの誕生日には、立派なケーキを完成させて、坊主に送ってもらっている。行方不明のオレンジ子猫たちのために陰膳としてケーキの念だけを送ってもらっているのだ。実際に食べるのは年少組で、それも承知して年少組も現れている。自己満足に過ぎなくても、少しでも祝っている気持ちが届けばいい、と、女房は言うから、坊主も陰膳はマメに送ってやっている。
「おまえ、ほんとバカだな? 」
「俺の自己満足だからいいんですよ。何かリクエストありますか? 」
「あっさりしたもんも作れ。」
「酒の肴ってことでしょ? それは、ちゃんとメニューに含んでますが、あっさりって言われてると・・・えーっと。」
「なんでもいい。おまえが作るなら食える。」
「あははは・・・俺、ナメタケとか作ってないんですけど? 板ワサだって切るだけだし? 」
「おまえが用意してるんじゃねぇーか、作ってるのは変らないだろ。」
「そうかなあ。」
寺の居間で夫夫がいちゃいちゃしているのだが、人目がなければ問題はない。だが、ハイネがこたつで同じように座っていたりする。いちいちツッコミをする気にもならないから無視して、ケーキは食べている。慣れれば日常会話だ。慣れるほどの時間、ハイネも寺に居候している。これだけいちゃこらしていても、当人たちは同居人と言い張るので、誰もツッコミする気力も失せている。
「すまないが、リニアのチケットの手配を頼む、フェルト。」
唐突にティエリアが言い出したことに、はい? と、フェルトは首を傾げた。予定では確かに、ティエリアの番ではあるが、さすがに、この佳境な忙しさの中で、それを要求されるとは思わなかった。
「チケットの発券は軌道ステーションでして欲しい。それから、偽造IDは俺がやってあるから、その名前で頼む。データは、これだ。」
メモリースティックを渡されて、うん、と、頷いた。まあ、これだけ過激に忙しいと息抜きしたくもなるだろう。だが、息抜きなんぞではなかった。
「エクシアがラボの格納庫で眠っているのなら解体して回収してくる。本体は後でも構わないが、兎に角、太陽炉だ。あれがなければ、マッチングテストが捗らない。」
「でも、刹那は、あれで大気圏を抜けてくるって・・・」
「リニアトレインで単独で上がって来れば問題はない。他のチェックをするというなら、リペアの機体がある。」
フェルトの報告に、ティエリアも考えていた。刹那の次世代機は、太陽炉を二機使用するものだ。そのマッチングテストが重要になる。今ある太陽炉でマッチングテストを試してみたが、捗々しくない。望みのエクシアの太陽炉を先に欲しかった。
「ニールの誕生日なら確実に刹那が戻っている。あいつがいれば、エクシアの解体も可能だ。俺が出向いて、せめて太陽炉だけでも引き上げてくる。」
この時期を待っていたのは、確実に刹那を捕らえるためだ。エクシアは刹那の機体で、専用のドック以外で解体しようとすれば、刹那の生体認証が必要になる。そうしなければ、エクシアの自爆モードが作動するからだ。
「刹那に、というか、キラに知られずに降りるには、俺たちが普段使っている偽造IDも使えないだろう。一週間で戻る。」
「わかった。手配する。」
ティエリアの言わんとすることは、フェルトにも理解できるから、その手配をする。そして、ひとつだけ頼みごとだ。
「その代わり、ニールの誕生日に私からのカードと花を贈ってくれる? ティエリア。また三人連名で。」
「そちらは了解だ、フェルト。カードを用意してくれ。すぐに降りる準備をする。・・・・ありがとう、俺たちのことも加えてくれて。」
作品名:こらぼでほすと ケーキ1 作家名:篠義