俺ノ恋人
驚いたように、一瞬止まった彼女だが、促すように肩を押せば、進と同じ速さで歩き出す。
少しだけ、ほんの少しだけ、彼女の肩に寄りかかる。
「酔ってらっしゃいます?」
「いや、酔ってはいないかな」
「本当ですか?」
「本当です。――はるさん」
「はい?」
「ちょっとお願いがあるんだけ」
あるんだけど、と言い終えないうちに、今度こそはるは立ち止まった。ぴたり、と。
階段を上がった前方の扉が開いて、中から雅が出てきた。
雅はこちらに気がついた、二人を見て、呆れたような顔をして、呆れたような溜息をついた。
「何してんの、二人とも?」
冷たい声で言う。また、二人の関係を責めるような口調だ。
「こんな夜中に、二人で何してたんだか」
「俺が酒に酔って帰って来たんで、支えてもらってるだけだよ」
進が答えると、ああっそう、とこれまた冷淡な響きの声が返ってくる。
「お前もさあ、他の力のある男とか呼べばいいじゃん? 進の部屋まで行って何するつもりなんだか」
「……申し訳ありません」
はるは堅い声でそれだけ言う。まあどうでもいいや、と雅は興味を失ったようで、自分の部屋へ戻って行った。
ふうっと息をつくはるを、進はそのまま、彼の部屋へ招き入れる。
進は、はるから体を離すと、彼女の顔を覗き込んだ。
「どうなさったんです?」
突然の行動に、はるは不思議そうに眼を瞬いた。
「雅のこと、あまり気にしなくていいから」
あの弟も心底から、はるを嫌っているとは思っていない。心底から、二人の関係を否定しているわけではないはずだ。そう思いたいだけかもしれないが。
「だから、あまり謝らなくていい」
はっきり告げる。
すると、再び彼女は、きょとんとして、それから、くすりと笑った。
「謝る方がいいんですよ」
「――え?」
「私が、申し訳ありませんって言うと、雅様、それ以上何も言わないんですもの」
「それは、確かにそうだけど」
思い返してみると、はるが謝れば、それでお終いになることが多い。
彼女は笑ったままで続ける。
「私が謝ると、雅様は少し悔しそうなお顔をなさるんですよ。これ以上、意地悪が言えないからって」
「そう、なのか?」
そうなんですよ、と本当に何でもないことのように、彼女は笑う。
進は、気がついていなかった。
しかも、悔しそうにする雅を思い出してなのか、はるは笑みを見せているのだ。
「……うーん」
「どうしました?」
唸る進に、はるは声をかける。何でもないよ、と返しながら、そうかと改めて思うのだ。
弱いように見えて、強い。
うん、女性とはそういうものだった。
そう考えながら、はるさん、と呼びながら、ちょっとした贅沢のつもりで、彼女を抱き寄せる。
腕の中、はるは少し慌てた様子だったが、しばらくそうしていた。
――了