嘘吐きは白い息と共に
「わかったから。悪かった」
ぽんぽん、とあやす様に頭を撫でると、晶馬が安心したように力を抜いた。
それに少し安堵し、俺は冷えた指先を晶馬に差し出した。
幼い頃、晶馬が不安がるとこうしていたのを思い出したからだ。
「?何?」
「手」
「て?」
意味が分からないと言った様子で晶馬が首を傾げている。
俺は躊躇する晶馬の手を迷いなく掴み、離さないようにぎゅっと握り締める。
晶馬の手袋越しに伝わる温かい温度に、凍りついた心が溶けていく。
「ちょ、恥ずかしいってばっ」
「何がだよ」
「何がって…」
「昔はよく繋いだだろ。何だよ今更」
「や、もう子供じゃないし」
一見すると双子の兄妹だとは判別できない俺たちは、きっとこのピンク色の空気に上手く紛れる事が出来るはずだ。
その事に鈍感な妹は気付こうとしない。
「それに傍から見たら、俺たちだってあのカップルと一緒だって」
裏切られる事を知りながら、少しの期待を込めて晶馬を見遣る。
きゅっと口を噤んだあと、ゆっくりと開かれる柔らかそうな唇。
「…やだ。冠葉の彼女に見られたくない」
可愛らしい唇が難色を紡ぐ。
この妹は、時々どうしようもなく鋭い。
俺の気持ちを見抜いたのかどうかはわからないけれど、確かに邪な思惑を感じて拒絶した。
こういう時は素知らぬ振りをして、妹から目を背ける。
気付かない振りをすれば、きっと晶馬もまた笑ってくれるから。
「そりゃどういう意味だよ。こんないい男そうそういねぇぞ?」
悪戯っこの様に歯を見せて笑ってやった。
握ったままの手で晶馬の額を小突くと、途端にその頬が面白い様に膨らんでいく。
「ばーか!そういうの、ナルシストって言うんだよ」
晶馬も呆れたように笑う。
これで、いい。
そうすれば、俺は晶馬と一緒に居る事が出来るんだ。
「うっせーよ。ナルシストの何が悪い」
一つになったままで、俺たちは子供の様に笑う。
それが仮の幸せだとしても、凍てついた俺達には充分だった。
「そうだ、こんな所で油売ってる場合じゃなかったんだ」
ふと我に返った晶馬が使命を思い出して歩き出す。
薄暗い病院で一人待つ愛する陽毬の元へ。
繋いだままの手など最早気にならないのか、そのままの状態で俺を引っ張っていく。
「いいのか?」
「何が」
「手」
「うん。仕方ないから今日だけ」
だって、冠葉の手、冷たいから。
優しい妹の精一杯の強がり。
俺は頼りない晶馬の指に自分の指を絡ませて強く握り込んだ。
晶馬が一瞬狼狽の色を見せたが、俺は何時も通り気付かぬ振りをして前を向いた。
「僕たちは家族だよね?これからもずっと」
疑う事を知らない澄んだ声。
「ああ。何があっても家族だ。心配すんな」
偽りを孕む澱んだ声。
よかった、と微笑む晶馬の笑顔に、俺は滅茶苦茶に引っ掻きまわしてやりたい衝動をぐっと抑え込む。
伏せていた瞳がすっとこちらを向いて、ふんわりと空気を和らげた。
こんな穢い俺の内を知ったら、二度とこんな風に笑いかけてくれないだろう。
そうなれば、きっと俺は生きる事に耐えられなくなる。
「ケーキ、買ってかなきゃな」
ぎゅっと握った手に力を込める。
晶馬は戸惑いながらそれに応えてくれた。
「…うん。駅前のケーキ屋さんで買って行こうよ」
「ああ、陽毬お気に入りの店だしな」
空から白い結晶が零れ落ちる。
晶馬が弾かれたように空を見上げた。
まるでここに在る全てのカップルを祝福するかのような空からの贈り物。
隣には雪だよ、とはしゃぐ晶馬の笑顔。
晶馬が望む限り、俺は俺を、お前を、欺き続ける。そっと聖なる夜に誓いを立てた。
作品名:嘘吐きは白い息と共に 作家名:arit