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葎@ついったー
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die vier Jahreszeite 009

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009



自分よりもほんの僅か体温が高い熱源を抱え込んで眠るのは,ひどく快適だった。

意識の端に引っかかる,小さな小さな呻き声。
そして,パーカの肩の辺りをちょいちょい,と引かれる感覚。
普段だったらそんな些細な刺激は蹴飛ばしてでも眠り続ける寝汚さを発揮するところを,きれいさっぱり目が覚めたのは多分その抱え込んだぬくもりのせいだと思う。
……まぁそのぬくもり本体に起こされたわけだけどよ。

「…ん,なんだよ?」

瞼をこすりながら目を開けると,間近からじっと見上げる小さな顔が視界に居た。
ああそうだ,昨日,コイツが,と思いかけて,その顔がやけに切羽詰まっているのに気づく。

「何,どうした」

尋ねると,震える唇が蚊の鳴くような小さなボリュームで「トイレ」と単語を紡いだ。
あー,ハイハイ。俺が抱え込んだせいで行けなかったわけね。そりゃ悪ぅござんした。
しっかと抱え込んでいた手を解いてやると,わたわたと慌てた動作でチビが抜け出していく。
ぱたん,とトイレのドアが閉まる音を聴きながらぽっかりと空いてしまった布団の中で,俺は思い切り身体を伸ばした。

…こんなによく寝たのは久しぶりかもしれねえ。
いつもなら布団から身体を引き剥がすように無理矢理起きるというのに,今日はそんな未練が微塵も感じられない。
一体今何時だよ,と枕元に転がした携帯を引き寄せてフラップを開くと,並んだ四桁の数字は0647となっていた。

「…マジかよ。七時前ってか」

普段なら二時頃布団に入り,十時過ぎまでは爆睡している。
目が覚めてからもああでもないこうでもないと誰にともなく言い訳を頭の中で捻くって,起きるのは大概昼前。
シャワー浴びて着替えてバイト行く,というのが一日のスタートになっていたってのに。
うわー,なんかありえねえ。
ぼそりと呟くと,小さなモニタに表示される数字が0648に変わった。

遠くで…というより壁の向こうで水の流れる音。
あぁ,トイレ出たのか。間に合ったみたいだな。っつーか手,洗うの手伝ってやんねーと。
頭が自然に動き出し,それに伴って身体が動く。
よっこいせ,と弾みをつけて身体を起こすと,俺は寝癖のついた頭をぐしゃぐしゃとやりながら部屋を横切って隣の六畳間へ向かった。
灯油ファンヒータのスイッチを入れ,冷たい足先を交互に脛にこすり付ける。
ヒータが起動するより先にトイレのドアが空いたのでさっさと迎えに行ってやった。

「手,洗うだろ」

こくん,と頷く小さな頭。

「まだ水しか出ねぇと思うからちょっと待て」

云ってから台所に入り,給湯器のスイッチを押す。
ざぁぁぁぁぁぁ,とステンレスを水が叩く音。しばらく待つと湯気がふわりと上がり始める。
先に手を出して,温度を確かめながら普段自分が使うよりもぬるめに設定してやると,俺は「来いよ」と両腕を広げた。
大人しく背中を預けてくる小さな身体をひょい,と抱き上げ,蛇口から流れ出る湯に手が届くようにしてやる。

「ついでに顔も洗っちまえ」

小さな掌が湯の下で擦り合わされるのを見ながらそう云うと,また小さな頭が頷いて両手を椀のかたちにして湯を掬うのが見えた。
ぱしゃぱしゃ,と小さな水音。
三回ほど繰り返すと,もういい,という仕草。
俺はチビを下ろしてやり自分の顔をぞんざいに洗った。

「あ,やべ,タオル忘れてた」

洗い終えた顔をパーカの裾で拭おうとしてそのことに気がついた。
チビはチビで濡れた顔のまま途方に暮れたみたいに俺のことを見上げている。

「悪ィ悪ィ」

詫びながら洗面所に入り,洗い済みのタオルを一枚持ってきてやる。
……既に顔の水気はほとんど乾いてたっぽいけど,チビは文句も云わずそれで黙って顔を拭いた。
っていうか云えよ。あー,いや,無理か。

「お前,腹へってる?」

使い終えたタオルを受け取りながら尋ねると,考え込むように首を傾げ,それからこくん,と頷いた。

「ケーキ,食える?」

ちっせーガキで甘いもの嫌いってのはあんまり聞かねぇから多分大丈夫だろ,とは思ったけど一応聞いてみる。
すると,見下ろす視線の先でチビの顔が一瞬ぽかん,となった後,こくこく,と小刻みに頷いた。
お,いつもより反応がよくね?

よしよし,とほくそ笑みながら台所に出しっぱなしになっていた小さな箱を引き寄せる。
それから飲むもんが要るな,とどことなく期待に溢れた目を向けてくる小さな顔をちらりと見下ろして少し焦らすような気持ちで「コーヒーは?」と尋ねる。
チビはまた考え込むように首を傾げ,そのまま動かなくなった。
なんだ,飲んだことがねぇのか。それとも飲めねぇのかどっちだよ?

「飲めねぇ?」

まだ首を傾げている。
ちょっと眉を寄せた困った風な顔。

「飲んだことがねぇ?」

こくり,困った顔のまま頷いた。

「なら,牛乳入れてやっから飲んでみな」

云うと,こっくり,大きく頷いた。
その後ほわ,と頬が緩むのを見た俺は思わず動きを止めた。
え,なんでそこで笑う?

とりあえず火を使うってんで俺はケーキの箱をチビに託し「これ持ってあっち云ってろ」と小さな背中をぽん,と押した。
両手でしっかりと箱を受け取ったチビは,真剣そのものの面持ちで四畳間の方へ歩いていく。
アレでコケたらちょっと面白ぇのに,と俺は不謹慎なことを考えたが,流石に慎重な性質らしくそんなことにはならなかった。

しゅんしゅん,とコンロにかけた小さな薬缶で湯が沸く音がする。
俺は昨日水に漬けたままで寝てしまったマグカップを手早く洗うとインスタントコーヒーの粉を適当に放り込み,その上から湯を注いだ。
ふわ,と鼻先を擽る香ばしい匂い。
あー,目が覚める,と思った。
こんな風に朝からコーヒー淹れて飲むなんていつ以来だろう。え,ちょっと待て。このコーヒー賞味期限大丈夫だよな?
三分の二ほど湯を注いだカップに口をつけてそっと一口啜ってみる。
ちょっと濃い目だけど別に変な味はしない。
よし,と頷いて冷蔵庫から取り出した牛乳をたぷたぷと注いだ。

ぬるくなっちまうけど,ガキが飲むんだし丁度いいだろ。
っつーかカップもうひとつ要るよな。店が開いたらバイト前に買い物しに行かねぇと。
それから自転車(チャリンコ)。アレもパンク直さねぇとな。
これからするべきことを頭の中にリスト化しながらフォークとカップを手にチビの元へ向かう。
テーブルの前にちょこん,と正座したチビを見て,俺は思わずくすりと笑った。

「お前,正座とか。足シビレちまうぞ?」

え,という顔で見上げてきたのにそう云ってやると,チビははにかんだように俯いて,のそのそと足を崩した。
ちょっと低くなった頭の位置。その前に辛うじてまだ湯気を立ち上らせているカップを置いてやる。

「そんなに熱くねぇと思うけど,一応気をつけろ」

云いながら腰を下ろし,手に持っていたフォークをチビに渡す。
それからちょっともったいぶった手つきで箱を開け,恭しく中のトレイを引っ張り出すと,傍らのチビが小さく息を呑むのが気配でわかった。

文字にするならそう,「ぱぁぁぁぁぁぁぁ!」とかそんな感じ。
お前,どんだけ嬉しそうなんだよ。
喉の奥で笑いながら「食え」とトレイの向きを変えてやる。