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みっふー♪
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冬嵐ノエル

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細かな波に揺れる水面は見渡す限り銀色の光を照り返していた。
対岸の見えない川幅を埋め尽くす勢いで魚の群れでも泳いでいるかのような光景だ。
「……」
――ひと網入れりゃたちまち煮干し長者だな、襟巻きに首を覆った着流しの袂に片手を突っ込み、他愛もないことを思いながら岸に立つ男は撥ねた後ろ頭を掻いた。
「……煮干しよりいちご牛乳派なんじゃないですか」
男の傍らで涼しげな声が震えた。手を上げたまま男は振り向いた。淡い色の長い髪が冷たい北風に舞った。
「しばらく会わないうちにすっかり男前ですね」
まるで柔らかな春の陽射しの中にでもいるような、髪を垂らした羽織の肩がくすりと揺れる。
「……何言ってんスか」
気怠そうに腕を下ろして男は返した。
「そんなん、あなたに拾われたときからずーっと、いかにも賢そーな目をした凛々しいオトコマエだったでしょ」
「……、」
一瞬、動きを止めた彼の気配が衣擦れを起こす。堪えがちの含み笑いに彼は答えた。
「――そうでした、」
「……」
今度は男が無言になった。――どーでもいいけど笑い過ぎだろ、相変わらずこの人のツボはわからん、視線を落とした革の長靴の足先に男は目を止めた。
「――、」
拾い上げた平らな石を二、三度手の上で慣らして。横手投げの要領で放る。銀の水面を切って石が跳ねた。――一、二、三、四つめの跳躍の手前で失速したそれが、音もなく水中に飲み込まれていく。
「……っかしーな、」
言い訳めかして呟きながら、もう一度、男は石を探そうとした。しかし手近に適当な大きさのものがなかった。
「昔の方が上手かったんじゃないですか」
髪を揺らして彼が笑った。
「ほっといてください」
男は返した。「メシも食わずに一日石投げてられるほどヒマなガキじゃなくなっただけですよ」
「……どうもいけませんね」
男の仏頂面を見て彼がひとりごちた。「いつまでも君を小さな子供扱いで」
「ま、センセも似たよーなモンでしたからね」
一瞥をよこして男が言った。「そりゃナリとのーみその出来は並み以上だったかもしんないスけど、精神年齢は俺と大差なかった気がします」
「そうですか?」
心外だというように彼が訊ねた。男は小さく噴き出した。
「そーやって、ガキの減らず口にすぐ本気になるところとか」
「……。」
口をつぐんだ彼が肩先に息をついた。
「それは君がイジワルなだけですよ」
「意地悪って」
男は振り向いた。――バカは俺じゃん、ほらまたすぐムキになっちゃって、たった今そやってヒトからかってたのどいつだよ、
「――先生、」
「はい?」
首を傾げて揺れた髪が触れる近さで彼が答えた。
「……、」
男は眩暈がした。
……ああ、さっきまで彼はこんなにすぐ目の前にいただろうか、確か隣に腕広げて二人分くらい空いてたよーな、――……センセイ俺は、それとも単に、照り返す川の光が眩しくて距離を掴めずにいただけか。



銀色に揺れる細波に目の奥が白くちらつく。曇ったガラス窓に映る跳ねた頭で彼は詰襟に深呼吸した。
「……先生雪ですよ」
「えっ?」
資料を揃えて教卓を立ち上がった先生が、白衣の裾を翻して窓に張り付いた。
経費節減の折、柵囲いのストーブの火は放課後前に落ちていたが、やかん代わりに置かれたビーカーの内側にはまだいくらか、肩を寄せ合ううちに粒の大きくなった水滴が張り付くように頑張っている。
「どこですか?」
しきりと視線を移動させながら先生が訊ねた。袖口に曇りを拭って向かいの校舎越しに覗いた空は確かにいかにもな重たい鉛色だが、そこから落ちてくるものは見当たらない。
「……」
窓の外に目をやり、彼はゆっくり瞬きをした。
……気を引こうとか、別にそういうつもりじゃなくて、さっきは確かに雪だと思った。――錯覚だろうか、でなきゃ風邪のひきかけか、彼は芯の方が幾分怠いような頭を振った、……構やしない、どっちにしたって口実さ、
「――ウソです」
背中側から無防備な先生の肩を抱きすくめる。
「……困りましたね、」
半分は冷やかしみたいな、くすくす含み笑いに長い髪を揺らして先生が言った。
「嘘吐きさんにはプレゼントあげられないじゃないですか」
「……別にいーです、」
小さな声で彼は返した。
「そんで勝手に貰ってますから」
――そりゃ当初の予定よりだいぶ控えめではあるけどさー、
「でもほら、」
先生が窮屈な腕を上げて窓の外を指差した、
「ホントに降ってきましたよ」
「……」
一緒に空を見上げた拍子に緩んだ腕の中で先生が振り向く。
「ね?」
にっこり笑ったその顔にこの至近距離、――そりゃもームリっす、辛抱たまらんス、
「……」
束の間重ねた吐息が離れると、先生が不服そうに声を漏らした。
「君は不意打ちばっかりですね」
「ダメですか」
彼は訊ねた。
「別にダメじゃないですけど……」
先生の答えは歯切れが悪い。彼は言った。
「じゃーセンセの方から、してもいっすよ予告付きで」
「え?」
緩く回した腕に触れて先生が首を傾げた。――してもいっすよ、って何モンだ、何エバって言ってんだ、我ながらおかしくて、センセの方でも呆れてるような笑ってるみたいな、
「わかりました」
と、抜き打ちに真剣な声で先生が言った、
「それじゃ、今からさっきのお返しします」
「え」
――それってガチにマジっすか、今度はこっちが慌てる番で、なのに先生はすっかり真面目にその気で、両手でぺちって頬挟まれて、
「……ちょっ、」
及び腰に彼は焦って訴えた、
「目っ、目ェ瞑ってていいっすかっ」
「……ああ、」
――いーですよどっちでも君の好きな方で、本当にそう思っている言い方であっさり先生が言った。
「……。」
精神的に結構なダメージ食らった気もするが、とりあえず固く瞼を閉じて待機することにする、……ってナンもしてないアタマからこんなに疲れててどーすんだ、全く以て理不尽だ、そのくせアホみてーにしんぞーバクバクいってんし、いわゆる心理的ナンタラってやつで待ってる時間はちょー長ぇし、……てかリアルに長すぎだし。
「……センセイ?」
恐る恐る彼は訊ねた。
「――あっ、」
先生がはっとしたように笑い含みの声で返した。
「すいません、なんだかいろいろ感慨深くて」
「……。」
彼は込み上げる嘆息に耐えた。――ホラねー、何しみじみ考察してたのか知らないけど、この人にやらすとすーぐこうなるからさー、だからやっぱ俺から不意打ちのほーが……、
「――、」
その瞬間、冗談でなく呼吸を忘れた。
目を開けて、しばらくどういう顔でいればいいのかわからないので、仏頂面に彼は言った。
作品名:冬嵐ノエル 作家名:みっふー♪