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みっふー♪
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novelistID. 21864
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冬嵐ノエル

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「――、」
地面が揺らぐような感覚にはっと足元を踏み締める。
男はさっきと同じ川の前に立っていた。隣に人の気配はない。
「……」
靴先の石を拾って放ってみる。二つ三つ、滑るように水面を跳ねた石は、照り返す夕陽の色をまだらに崩して川底に沈んでいった。
「何がそんなに楽しかったんだろなァ……」
毛先の跳ねた頭を掻いて男はひとり呟いた。
算術の課題も、面談で決めた当番表の仕事もほったらかしで、川辺はすっかり日も落ちて、呆れ顔ではあるけれど追加の仕置きを考えてどこか楽しそうな彼が迎えに来るまで、そうして誰かが自分を待っててくれることが、帰れる場所があることが、毎日でもそれを確かめたくて、夢じゃないんだと信じたくて、……だけど夢現から覚めた今でもふと思う、あの時間だけ切り取ってそっくりそのまま余所へ移した別の世界がいまもどこかで続いているんじゃないかって、たまたま自分はそこから落ちて外れただけで、ンなじょーだんみてぇだけどわりと実際そゆのって意外にアリ的じゃね? ……ときどき真面目に突拍子もなくそんなことを考える自分がひどく滑稽で、――つか大丈夫か? 若い若いと思ってるうちに、いっぺんデカイびょーいんでのーみそ輪切り写真撮ってもらったほーが良くねーか? 一瞬真剣に金算段始めてすぐやっぱやーめた、になるけどさ。
「――っくしょい、」
肩をさすって見上げた低い鉛色の空に、氷結の欠片が舞った。
事務所を出がけ、隠し切れない前のめりに渡された紙包み、……あいつら一晩ずつ交互で編んだらしーけど、おかげで大胆にざっとしたパステルトーンと、おっさんのチョッキみてーな渋い色のきっちりちまちま細けートコと、ちぐはぐチックなツートンカラーを継いだ編み目の境にひとつ、溶けた雫が沁み込んだ。
「……」
男はかざした掌に小さく白い息を吐いた。
こうして思い出はまた一つ、過去に上書きされていく。
絶対に拭えるはずがないと思っていた濃い染みも、月日にやがて漂白されて薄れて翳んでしまうものなのかもしれない。
あの人はそれを責めたりする人じゃない、だから自分が覚えていないと全部なかったことになりそうで、それともいつまで、そこに足踏みしたまま、拘ることに意味はないのか、たとえ忘れてしまっても、忘れたことさえ忘れたとしても、湿った夏の手前に、年の瀬を控えた街の電飾が賑やかになる頃に、洗濯屋の横を通るたび、ふと腹の縁がむず痒いような、――アレって何つったっけなァ、舶来のやたらと存在感のある菓子の名前を思い出せても忘れたままでも、時計の針は止まることなく進んでいく。積み重ねの日常の底にこなれて押し潰されて、ごった煮の懐かしい蒸し料理みたいな、そーゆーアレでもいーのかなーとかどーだかなーとか。
「……、」
緩みかけた襟巻きを直して男は光る川沿いを足早に歩き出す。
本格的に降り出す前に、とりあえず予約の引換券持って、あいつらお待ちかねのスペサルトリ箱仕入れに行こう。


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作品名:冬嵐ノエル 作家名:みっふー♪