こらぼでほすと ケーキ5
とりあえず、時計店に預けて返品したことにしてもらうように手配した。領収書なんてなくてもよかったのだが、ニールがついていくと言った場合を考えて、そちらも取り寄せた。店のほうで、あちらのクレジット精算書と交換してくれば、それで返品した形になる。後日、また引き取りに行けばいい。そのうち、いつか渡せるだろう、と、キラに言われて、ラクスは、ぽつりと、「そんな日はきません。でも、あれはママのものです。」 と、おっしゃったので、キラが、そんな歌姫様を抱き締めて慰める。いつかはわからないけど、そのうち渡せるよ? と、囁いて背中を軽く叩くと、歌姫様も、はい、と、頷いた。
「ニール、水だ。」
息が落ち着いたので、黒子猫が水を飲ませる。 紫子猫が背後から支えて起き上らせるくらいの連携はできる。
「ラクスんとこにも運んでやってくれ。」
「キラが持って行った。」
「・・そうか・・・」
ちょっと落ち着いたのか、ほっと息を吐いた。それから、布団に横にされると、「おまえさんたちも、こうなるから気をつけてくれ。」 と、年少組に言い渡す。さすがに、あの剣幕は強烈だったので、年少組も黙って頷いた。
ゆっくりと歌姫様が、ママの傍に寄ってくる。ものすごい腫れぼったい目で、さらに化粧もすっかりと剥げている。あーあー、と、いつものようにニールは手近のタオルを渡す。ラクスも素直に受け取った。
「ごめんな? ラクス。でも、あれはダメだ。」
「・・・・わかりました。店に出向きます。」
「その前に顔を洗ってこいよ? ものすごい顔してるぞ。」
「ママも、真っ青な顔色ですよ? 慌てませんから、少し眠ってください。今日は一日フリーですから、お待ちしてます。」
顔色が青いので、そうなると途端に心配になる。あれだけ言い合いをしていても、どちらも互いのことは気にする。そういう温かいものが、ラクスとニールの間には、すでにできている。
「いや、そんなにかかんないさ。・・・・そういえば、俺、おまえさんから去年、もっと高額商品を貰ったな? でも、あれは貰えるもんだった。」
「はい? 昨年は・・・」
昨年は、品物は受け取らないと言われていたから、みんなでケーキとお菓子と黒子猫を用意して歌を贈った。それだけだったのに、高額商品なんて歌姫様も首を傾げた。
「なんだよ? おまえさん、自分の価値に気付いてないのか? 宇宙で一番有名な歌姫様が、俺のためにアカペラで唄ってくれるって、すごいことだろ? 」
「でも、ママの前では、ただのママの娘ですわ。ラクス・クラインではありませんよ。」
「客観的に考えたら、おまえさんを呼んで唄ってもらうなんて、できることじゃない。・・・俺、贈ってくれるなら、おまえさんの歌がいいよ。それなら、素直に喜んで受け取れる。そういうのにしてくれないか? 宇宙一高名な歌姫のラクス・クラインじゃなくて、ただのラクスでいいからさ。」
なんていうか、自分のママは、とんでもない殺し文句を何気に吐く。そう言われてしまうと、歌姫様も苦笑して頷く。確かに最高の贈り物ではあるだろう。誰か一人のために歌うなんて、歌姫様にはリクエストされることのないことだし、もし、そんなオファーがあっても歌うかどうかは微妙なところだ。
「でも、本当に綺麗で似合うと思ったんです。」
「うん、わかってる。その気持ちだけくれ。ありがとう、ラクス。・・・あの時計な、ティエリアも贈るって言ったんだよ。」
「やはり、みな、感じることは同じなんですね。」
「あははは・・・おまえさんたちは浮世離れしすぎだ。あれを貰ったら、俺の神経が弱る。」
「残念ですわ。」
「諦めてくれ。」
受け取れない、と、拒絶されたが、歌姫様は返品するつもりはない。一端、店に預けて後日、引き取りに行く。とりあえず、しばらくは自分が預かっているつもりだ。そのうち、いつか渡せることもあるだろう。その時に驚かせてさしあげればいい。限定200の高額な時計だからではない。ママに、とても似合うからだ。その気持ちに偽りは無い。
作品名:こらぼでほすと ケーキ5 作家名:篠義