夢と思い出
灌木の陰から、小さな後脚が見えていた。
(まあ、こんなところにいたのね)
ボタニカは、ため息をついた。彼女は、研究所からふいといなくなってしまったラットルを、探し歩いていたのだ。
正面に回ると、緑色のネズミは、だらしなく足と尻尾を投げ出して木の根元に座り、背中を幹に持たせかけ、仰向けに晒したお腹の上で両の指を組ませて、目を閉じていた。つまり、昼寝をしていた。
「もう、ラッちゃんたら。ラッちゃん……ラットル」
ボタニカが四本ある手で肩に触れようとした直前、ラットルは、うっすら目を開けた。
「……寝てないよ?」
「うそ。目を閉じていたでしょう?」
「閉じてたけど、寝てない」
「へ理屈ね」
「ホントだって……」
ラットルは半眼のまま、目の前のボタニカの手を取って引っぱった。
「……キミも、座りなよ」
「……?」
ボタニカは、ラットルの様子がいつもと違うことに気がついた。目を覚ましても、どこかぼんやりして話し方も頼りない。普段なら、叱って研究所に連れ戻すところだが、今日は言われるまま、彼の隣に腰を降ろした。
「寝てないよ?」
「分かったわよ。じゃあ、何してたっていうのかしら?」
ラットルはボタニカの手を握ったまま、再び目を閉じた。
「……メモリーチップに、アクセスしてたんだ」
ああ、と、ボタニカは頷いた。彼は、心を、昔に飛ばしているのだ。
「オイラ達が墜落した星もこんな……青い空だった。そよ風が吹いてて」
ラットルは鼻を上向けると、ひくひくと動かした。惑星のリフォーマットは、大気の組成さえ大きく変えた。今やセイバートロン星では、頭の上に青空が広がり、白い雲がたなびき、時には雨が降る。
「ボタりんの行った星も、おんなじだった?」
ボタニカは、首を傾けた。
「私達の行った星は、植物型が優勢だったのよ。もっと、酸素が濃くて……そう、空の色は、黄緑色に近かったわ」
「へえ…」
ラットルは再び、うっすら目を開ける。
「植物には、今の環境は住みにくいのかい?オイラ達に合わせちゃってさ、キミは、苦しくないの?」
ボタニカは、思わず微笑んだ。想ってくれて、嬉しかった。
「植物は、動物よりずっと適応範囲が広いの。あなた達が行った星でも、植物は元気だったでしょう?この程度の大気の違いは、なんてことないのよ」
「そっかあ……そりゃあよかった」
ラットルも、ゆっくり微笑んだ。
二人の間を、爽やかな風が吹き渡っていく。