夢と思い出
体を軽く揺すってやると、ラットルはやっと目を開いた。
「……? アレ? 何? どこ? キミ?」
ぼんやりとした表情で、ボタニカを見つめる。
「よかったわ……急に静かになったから、どうしたのかと思った」
ボタニカがほっとしていると、ラットルはいきなり、ボタニカの首に腕を回し、しがみついてきた。
「ちょ、ちょっと?!」
「ボタりん、よかったあ……もう夢でも何でもいいや、一緒にいてくれたらさあ……」
ボタニカは困ってしまった。寝ぼけているのだろうが、こう率直に好意を表されると、無下に突き放すことが出来ない。それに、いつも憎まれ口ばかり聞いているラットルの素直な告白が、嬉しくもあった。ボタニカは、そっと、ラットルの頭と背中を、抱きしめた。
「……さあラッちゃん、もうそろそろ、ホントに目を覚ましてちょうだい? 私は、夢なんかじゃあ無いわよ?」
ラットルの耳許で、声をかける。ラットルが、ゆっくり顔を上げて、ボタニカを見つめた。ボタニカは、微笑んでみせた。ラットルの表情が、すうっと固まった。
「わあっ!」
ラットルは、バネ仕掛けみたいに、ボタニカから離れた。
「いやややや、これはそのさ、なんていうかまったく事故みたいなもんで……」
「……寝ぼけてたんでしょう?」
「そ、そうそう、寝ぼけて……」
慌てていたラットルは、ふと、動きを止めた。
「……そっか。現実かあ……」
そう言ってラットルは、実に嬉しそうに笑い……そのあと急に、複雑な表情になった。
「ねえ、ボタりん?」
「なあに、ラッちゃん?」
「オイラ、いつ寝ちゃったんだろ?」
「えっと……『オラクルに聞いてみたい』辺りから、急に声が小さくなって……よく見たら、もう寝息を立てていたわ」
「……そっかー……」
ラットルは、何か考えているようだった。
「……ねえ、もうそろそろ研究所に帰りましょう?」
頃合いのような気がした。そもそもボタニカは、ラットルを連れ戻すために、外に出たのだ。
ラットルは、そんなボタニカをじっと見つめた。
「……寝ている間に見ていたのはさ、夢っていうか、思い出だったんだ。昔の仲間との、ちょっとした、さ。思い出の中では、今が夢みたいでさぁ、あの時、実際にどんな夢をみてたのかなんて、さっぱり覚えてないんだけど……」
ラットルは、ニヤリと笑った。
「思い出の中のオイラは『草刈りなんてオイラ向きじゃない!』って文句言ってた」
「……それじゃあ、今と同じじゃないの!」
ボタニカは、思わず叫んだ。ラットルは、研究所の仕事にケチをつけてはサボタージュするのが、日課のようになっている。
「自分でも驚いたんだけどさ、そうなんだよねぇ。で、ものは相談なんだけど……今日はもう、二人でどこかに遊びに行こうよ! 向かない仕事なんて置いといてさあ」
ラットルの意図が分かったボタニカは、最上級の微笑みを、彼に向けた。
「それは、ダ・メ♡」
「あー、やっぱり?」
「さ、行きましょう?」
「あ、ちょっと待って……トランスフォーム!」
ラットルは、ロボットモードに変身した。
「あのさぁ……その……」
急に口ごもり、視線をあらぬ方向にさまよわせながら、それでもラットルはゆっくり、ボタニカに右手を差し出した。
「……なんていうか……今ちょっとそういう気分で……その……どうかな?」
「……」
ボタニカは、返事の代わりに、一対の左手でラットルの手を優しく包んだ。
ラットルが、ボタニカを見上げた。目が合った。
「……えへへへへー」
「……うふふ」
どちらからともなく、笑いが漏れる。照れくさいのは、お互い様だった。
えへん、と、ラットルが咳払いした。
「そんじゃ、ま……行きますか」
二人は手をつないだまま、研究所へと、歩きだした。