die vier Jahreszeite 010
010
ケーキを食い終えてもまだ八時過ぎで,買い物に行くにも時間が早い。
さてどうすっか,と迷った末に,とりあえず洗濯でもすることにした。
なんだかんだで一時間くらいかかるし,終わったら丁度いい時間だろっていうことで。
ちなみに俺の部屋に洗濯機はない。
アパートの裏にある一番近いコンビニの隣が銭湯で,そこに併設されているコインランドリーを使う。
面倒っちゃ面倒だけど,慣れれば別に大したことはない。
他の住人には玄関横に洗濯機を置いてるヤツもいるけど,留守中に勝手によその人間が使うとかなんとか貼紙がされててそういう面倒のがゴメンだった。
風呂場の横にある洗濯物が詰まった赤いプラスチックの籠を玄関前に引っ張り出し,チビに声をかける。
「おい,出かけるぞ」
じっとこっちを見ていたらしい顔がぱぁ,と綻んで,わたわたと上着を掴んで走ってくる。
「走るな。コケるぞ」
呆れて云いながら,俺も上着を着こんで首に昨日アントーニョから貰ったばかりのマフラーを巻きつけようとして,その手を止めた。
見下ろした視線の先に俯いて上着の釦を懸命に留めるチビの細い首。
やれやれ,と思いながら膝をつき,自分の首に引っ掛けたマフラーをひょい,と外してチビの首に巻きつける。
チビは何でか驚いた顔をした。
コートの釦に手をやったまま,零れ落ちそうな目で俺のことを見ている。
「外,寒ィからな。貸してやる」
「で,でも」
「あ?」
「兄さんも,寒い」
「俺?俺はへーきだっつの。ほら,オマケにこれもつけてけ」
云いながら白いもっふもふのイヤマフもかぶせて,小さな頭をぽん,と撫でる。
昨日まで使ってなかったんだから,ないならないで平気なんだよ俺は。
そう思ったけど,説明するのが億劫でそのまま省く。
準備できたら行くぞ,と声をかけて玄関に向かうと,背中に小さな足音が続いた。
玄関のドアを開けて,絶句。
あーそうだった。そうだったよ。昨日は雪降ってた。降ってたとも!
だからって,こんなんアリかよ!?
ドアの外,というか柵の向こうは真っ白だった。
積雪三センチ…ってところか。いや,実際はもっと少ないかもしれない。
でも道路が白いってのは何度見たってぎょっとする。大概一冬に一度あるかないかだしな。
と,そのとき携帯のポケットの中で携帯が震えた。
あ?と籠を抱えた手を持ち換えて引っ張り出すと,アントーニョからのメールだった。
【件名】メリー・クリスマスやで!
【本文】雪!雪!(*゚∀゚)o彡゜
本文の後には空行がしばらく続いて,画像が添付されていた。
写っていたのは小さな小さな雪だるま。
花のかたちのおはじきの目と玩具のなのかちっこいバケツの帽子までくっついていて芸が細かい。
アイツ,朝っぱらから作ったのかよ。犬並みだなオイ。
呆れてると再び携帯が振動。モニタの上部にフランシスの名前が表示される。
アイツも起きてんのか?と画面を切り替えると
【件名】Re:メリー・クリスマスやで!
【本文】わかった。わかったから眠らせてくr
おいおい,最後まで打ててねぇっつの。
それでも返信してくる辺り律儀なのかなんなのか。
俺はちょっと考えた後,返信するべく指を動かした。
【件名】Re:Re:メリー・クリスマスやで!
【本文】起きろ,フランシスーーー!!!寝たら死ぬぞ!
送信してすぐにまた携帯が震えだし,アントーニョからのメールが表示される。
【件名】あかんで!
【本文】寝たらあかん!死んでまう!起き!起きるんやフランシス!(((((;`Д´)≡⊃)`Д)、;'.・
立て続けにフランシスからもメールが届く。
【件名】Re:あかんで!
【本文】もう電源切るぞ。俺さっき帰って来た床難だから本気で寝かせてくれ。
誤字がなんつーか哀れだ。
ベッドの中毛布に包まりながら情けない顔でメールを打ってるフランシスの顔を想像して俺は笑った。
っと,すっかり忘れてたぜ。
携帯越しの視界の端に錆の浮いた柵をぎゅっと掴んで,雪にまぶされた道路をじっと見下ろすチビの姿が映る。
コイツほんと音立てねぇからなー。油断してると存在忘れちまう。
俺は携帯を閉じてポケットに突っ込むと腕の中の籠を抱えなおし,身じろぎもしないで通りを見下ろしているチビの名前を呼んだ。
「行くぞ」
チビが振り向く。
「待たせて悪かったな」
云いながら歩き出すが,チビは動かない。
ん?と振り返ると,慌てて駆け寄ってきた。
柵をぎゅっと握り締めていたせいでくっついた剥げた塗装の欠片を落とそうと手をぱたぱた叩いていたせいで反応が遅れたらしい。
階段を降りてしゃく,しゃく,と微かな音を立てる雪を踏みしめて歩き出す。
すぐ横を歩くチビは雪が珍しいのかそれとも転ばないように気をつけているのか足元をじっと見つめるように俯いている。
ちっこい頭と細い首がイヤマフとマフラーに埋もれて,まるでさっきアントーニョから送られてきたメールについてた雪だるまみたいだと思った。
開けたばかりらしいコインランドリーは俺ら以外の客は一人もいなかった。
適当な洗濯機に持ってきた洗濯物を放り込み,洗剤と柔軟剤を自販機で買って放り込む。
ここは俺様のナワバリだぜ!の意味を込めて蓋の上に籠を置くと,やることがなくなった。
いつもならその辺に転がってる漫画だの雑誌だのを読んで時間を潰すんだけど,今日はチビもいるし外をぶらっと歩いてみることにする。
洗剤の自販機が珍しいらしく,お前それ首痛くなんねぇの?ってくらい仰向いて観察しているチビのところへ行き,真上から顔を覗きこむ。
「終わったぞ。…いや,正確には終わってねんだけど,一時間くらいかかっから散歩でもするか?」
驚いた顔が一瞬の後に嬉しそうな顔になる。
喋らないは喋らないけど,コイツなんつーか表情が豊かだよな。
そう思いながら俺は両手をポケットに突っ込んで歩き出した。
コンビニ前の通りは流石に人通りがあるからか,雪はもうほとんど見当たらない。
濡れたアスファルトが続いてるだけだった。
なのでちょっと先にある公園を目指してみる。
チビは黙ってついてきた。
ちびっこいのと歩くにはちょっとコツがいる,と俺は歩いては足を止め,足を止めてはまた歩き出す,というのを繰り返しながら実感した。
なんつっても歩くのが遅いのだ。
歩幅が違うから仕方ないは仕方ないんだけど,向こうは向こうで俺に合わせようと小走りになったりそのせいで転びそうになったりするもんだから目が離せない。
一人で歩くのの三倍も四倍も時間をかけて公園まで歩いた。
山吹色に塗られた柵の脇を抜けて公園に入る。
思った通りまだ雪はちゃんと残っていて,犬の散歩で通ったらしい足跡がいくつかついているだけだった。
隣でちっこいのがうずうずしているのがわかる。
「遊んできていいぞ」と云ってやると,チビは迷ったような,困ったような顔で俺を見て,でも何も云わず走り出した。
人に踏み荒らされていない雪がある辺りへ駆け寄っていくチビの後姿を眺めながら俺は肩を竦めた。
平気なつもりでいたけど,やっぱ寒いもんは寒い。
こんなんだったらタオルでも間に合わせで首に巻いてくるべきだったか,と後悔したけど時既に遅し。
作品名:die vier Jahreszeite 010 作家名:葎@ついったー