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可愛い貴方 馴れ初め(同人誌書き下ろし分)

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報告書の提出に訪れた東方司令部。
六月の雨で濡れそぼり、ホークアイ中尉に手渡されたタオルで弟の鎧の身体を拭いている時、ふとハボックが漏らした一言に姉弟は動きを止め、目を丸くした。


「お前らも滅多に顔出さねぇくせに、来たと思ったらこんな時期とは運悪ィな。」

「「??」」

「大佐機嫌悪いんだよ、凄く。」

「雨で無能になるからか?」

「さて……ね。」


含みを持たせた言葉尻に、あまり気の長い方ではないエドワードが眉を顰める。
それでも理由など話す気は無いのだろう、ハボックはにかっと歯を見せて笑い、エドワードの頭をわしわしと乱雑に撫でて、自分のデスクに戻っていってしまった。


「少尉の言った事は本当なのよ…。お陰でただでさえ普段から余り良いとは言えない仕事の効率もがくんと下がるわ。」


溜息混じりに零した内容の割には、ホークアイの眉尻は切なげに下げられており、それを享受するしかないなんらかの理由があるのだと窺い知る事が出来た。

エドワードとアルフォンスは顔を見合わせ同時に小首を傾げる。
そんな二人の可愛らしい仕草に、ホークアイはほっと息を吐き、持って来たもう一枚のタオルでエドワードの柔らかな金髪を丁寧に拭き始めた。

タオル越しに背後から聞こえてくる中尉の声は優しくて、髪をとんとんと叩く指先は気持ちよくて…少しだけ大好きだった母親を思い出す。


「さっき中央から嫌な電話があってね。今はいつもにも増して凄いから、少しだけ資料室で時間でも潰していて貰える?まぁ、貴方達なら多分大丈夫だとは思うのだけど、念のためにね。」


エドワードは黙ってされるがままになりながら、それでもこくりと頷く。


姉弟は鍵を受け取ると第二資料室に向かった。


ここ、イーストシティはエドワードが国家錬金術師になった一年前から二人にとっての活動拠点の街となっている。
エドワードに生きる道を提示してくれただけでなく、何かと後ろ盾になって支えてくれている、ロイ・マスタング大佐と気の良い部下達がいつも暖かく迎えてくれ、まだ幼いと言ってもおかしくはない二人の、孤独で過酷な旅に潤いをくれていた。

普段どんなに嫌味でスカした顔しか見せなくて、意地悪ばかり言う上司でも、それが彼なりの優しさであり、エドワードのストレス発散を想ってくれているのだと、聡い姉弟は理解している。
だからこそ、二人が彼等の事をもっと知りたいと思ってしまうのはとても素直な感情だろう。

薄暗い資料室の中で文献を漁る訳でもなく、ただ黙り込んでいた。
一見正反対に見える姉と弟は、実はとても似ている所があって、その時も同時に同じような事を考えていたのだ。


「なぁ、アル…」

「なぁに?兄さん。」

「大佐の顔拝みに行くか…。」

「でも後にしろって中尉が言ってたじゃない。」


アルフォンスが不意に立ち上がる。
それは姉の言葉に便乗して、付いて行くと言う事で。


「バーカ、あのスカした野郎の弱みを握るチャンスをみすみす逃すかってんだよ!」

「全く素直じゃないんだから!」


肩を竦めて発せられた嗜めるような声は、どこか悪戯な雰囲気を伴っていた。


「お前もな。」


くすくすと笑う弟に、頬を赤らめて噛み付くエドワード。
でも心は一緒だからと、アルフォンスは小さく頷きその白くて小さな手を取った。


「行ってみよ、兄さん。」

「あぁ。」




何か苦しい事でもあるのだろうか。
俺達に何か力になれることはある?
雨がそんなに駄目なのなら、全力で守ってあげるのに。





焦る気持ちを押し留め、二人は殊更ゆっくりと歩く。
繋がれた2つの鋼の手はきしりと音をたて、瞳は子供らしく純粋に、ただ前だけを見つめていた。


辿り付いた執務室の前でエドワードとアルフォンスは立ち止まり、息を殺して中の様子を伺う。
がりがりと乱雑にペンを走らせる音。
機嫌の悪さをぶつけるような滅多に聞かぬその音に、二人は少しだけたじろいだ。


しかしそのままでいるのはどうにも性に合わない。
エドワードはノブに手を掛け、ノックもせずに一気に扉を開け放つ。
それはいつもと同じ行動で、多少咎められはしても大概笑って許される行いだった。

驚き、書類から顔を上げた瞬間のロイの表情。
思わず二の句も告げずに息を呑む。

焦燥、怒り、悲しみ、そんな負の感情を綯い交ぜにしたような、暗い瞳。

それは本当に一瞬の事で、すぐに皮肉気な笑いに取って代わった。
それでも見て、気付いてしまったから、姉と弟はただ呆然とロイを見つめるしかできなかったのだ。


「やぁ鋼の、君は相変わらず………今回は連絡も無しかね?」

「………。」


本来ならば不躾なエドワードの代わりに、丁寧な挨拶を施すはずのアルフォンスすら固まったまま動かない。
黙り込む二人の雰囲気に何かを感じ取ったのか、ロイは苦笑を浮かべ、手でソファを指した。


「掛けたまえ。」

「ちょっと待った!タイムです、タイム!すいません大佐、少しだけ時間をください。姉さんいこ!」


かしょん、と音を立てて先に我に返った様子の弟が、ぶんぶんと手を振り言う。
反応すら決めかねている様子のエドワードの手を再び握り、彼は引き摺るように執務室を後にした。


部屋に残されたロイはこんな些細な事にすら苛立つ自分を持て余していた。
部下だなどと思えぬ程純粋で可愛い姉弟だというのに、大切にしてやりたい気持ちは誰にも負けないと思っていたのに。

ちっ、と舌打ちをして、ぼすりと革張りに椅子に腰掛けると、そのまま右手で目元を覆い隠し、何も無い天井を見上げた。






「姉さん…。」

「あぁ。」

「大佐もきっと…僕達じゃ計り知れないような重いものを抱えてるんだよね。」

「そうだな。」


心の中に澱む混沌とした闇。
それは姉弟にとってとても馴染み深いものだった。
その身を持って理解している。
それでもここまで歩いて来られたのは、支えてくれる人々の愛情もあったが、偏に傍らにいつも姉が、弟がいたからだ。
時にはエドワードがアルフォンスの冷たい鋼の身体で心を潤し、時にはアルフォンスが熱の感じることの出来ぬ身体にエドワードから温もりを貰った。

じゃあ、ロイ・マスタングには誰かそんな人間がいるのだろうか。
いや、いないのだろう。
いたらあんな表情はしない。


二人は顔を見合わせ頭を垂れた。


やはり来るべきではなかったのか。
ホークアイの言う通り、大人しく資料室で待っていた方が良かったのかもしれない、と。






「僕ね、姉さんは凄いと思うんだ。」

「うん?なんだよ突然。」


ぽつりと沈黙に言葉を乗せたアルフォンスを伺い見る。
子供らしく単純明快な言葉。
その簡素さ故に真意が掴めず、エドワードは首を傾げた。


「僕が辛い時とか、寂しい時とか、姉さんが抱っこしてくれると僕凄く幸せな気分になって、まだ大丈夫、前に進めるって思うんだよ。」

その言葉に、姉はまるで聖母のような清楚さでふわりと微笑んだ。
それは自分も同じだと、言わずとも分かり合っていて、アルフォンスの言葉はそれをなぞっただけだから。