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可愛い貴方 馴れ初め(同人誌書き下ろし分)

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何故この子はここにいるのだろうか。
あの時、国家錬金術師という道を提示したことは間違いではなかったか?
ナーバスになりがちな自分に自覚があるだけに、軽く首を振ってその考えを中断させる。
誤魔化すように、空いていた左手の指先で機械鎧に触れ、辿ってみた。


それでも思考は巡る。
エドワードを想い、ただひたすら彼女の為だけに作られたこの世にたった一つのもの。
一対の右腕と左足。
繊細で優しさ溢れ、決してエドワードの輝きを損ねる事の無いディテールに感動と同時に同じだけの憐憫を覚えた。
肘から上腕、肩までと滑らせ、傷跡に触れた瞬間、びくりと大きく震えた少女の表情は、打って変わって硬く強張っている。

へちょんと眉尻を下げ、聞こえるか聞こえないかの小さな声。


「そこは……俺の罪の証。」

「………そうだね。」

「なぁ、あんたは…………」


一体何を背負っているの?


思わず触れていた手を引いてしまった。
一瞬だけ忘れていたのだ。
こんなに綺麗なものを触って良い手など、持ち合わせていないということを。
沢山の人間を殺め、血濡れた人殺しの手。


じっと己を射抜き続ける、純金の双眸から逃れたくて俯いた。
急激に全身の血液が足先まで落ちてゆくような感覚。
心臓の音がやけに大きく耳に響く。


なんて煩わしい音。



恐怖の余り、取り繕う事すら出来なかった。
いつものように笑えない。
冷や汗が背中を伝ってカッターシャツにじわりと染み込む。
どうしたと言うのか。

怖い…怖い…コワイ。



ふわりと包み込む温もり。
まるでロイの恐慌を覆い隠すように優しいそれは、エドワードの細い両の腕だった。
しっかりと、まるで拾ったばかりの子猫を愛しむようにその小さな胸へと押し付けている。


「………見ねーから、大丈夫だから。」


エドワードはがたがたと震え続ける大人に、奇妙な安堵感を覚えていた。
それはとても不思議な感覚で、同じように縋りつく弟には感じた事が無い。
優越感とでも言おうか。

心地良く自分を満たしてくれたのだ。

自分はまだ、この世界に存在しても良いのだと。


鋼の右腕できゅっと抱き込んだまま、左掌を恐る恐る髪に差し込んでみた。
するりと抜ける短い黒髪はさらさらと引っ掛かる事も無い。
ごつごつとした身体とは相反して、とても触り心地の良いそれを優しく何度も梳いてやった。



とくん、とくん。
規則的な心音が心地良く耳に響いている。
それが心音であると認識できる程平常心を取り戻すまで結構な時間を要した。
我に返って状況を振り返ると、自分は一体何をしてしまったのだと情けなさで顔を上げることすら出来ない。


エドワードはエドワードで、立ったまま、自分よりも二回りは大きな男の半身を受け止め続けていた。
しかし、辛さや疲れなどは些かも感じておらず、むしろもっとどうにかしてあげられないだろうか、とさえ思う。
自分の思考に深く沈み込んでいたようで、髪を撫でていた手が耳の裏に当たった感触で我に返り、彼の震えが治まっている事に漸く気付く。
ふと見ると、ロイの耳は真っ赤に染まっていて、落ち着いただけでなく色々と現状を自覚してしまっているようで。
きっと羞恥心とか、そんな大人特有のくだらないもののために、顔が上げられずにいるのだろう。

エドワードは14歳も年上で、上官でもある筈のこの男が可愛くて仕方なく、くすりと笑いを漏らす。


「落ち着いたのか?」

「……………………すまなかったね………。」


顔も上げられぬまま、ぼそりと呟かれた言葉を、至近距離から聞いていた。

大人って色々面倒なんだな。

そんな事を考えつつ、エドワードは背中を二回ぽんぽんと叩いてやる。
それでもロイはがっくりと項垂れたままに頭を預けていて。


「何言っちゃってんの?アンタ馬鹿だなぁ。すまなくなんかねぇよ。………なぁ、アンタこうされてんの気持ち良い?」


きもちいい。とても暖かくて、優しくて、甘い匂いがして。
心臓の音も、髪をくすぐる吐息さえも全部。
心地良すぎて、抜け出せなくなりそうな程に。

ありのまま答えるのは持ち過ぎている沢山の自尊心が邪魔をした。
黙り込むロイに少女が幸せそうに微笑んだ事など気付く事は無く、きゅ、と唇を噛み締める。

エドワードはわざとらしく大きな溜息を吐いた。

短い後ろ髪に手を差し込まれ、また撫でて貰えるのかと気分が高揚するのが解る。
しかしその小さな手は撫でてくれはせず、少し考えるように添えられただけだった。
無意識に額を胸に押し付け、催促するように擦りつけてしまったロイにエドワードは髪を握り込み、少しだけ強く引っ張った。

強引に合わせられた視線。
不安に彩られた闇色の瞳。

何故だろう急激に湧き上がるこの気持ちは。
情けないと思われただろうか、格好悪い男だと、頼りにならない上官だと。
自分は常に人を引っ張る立場で、当然のように彼女の事も守っているつもりだったから。
今までの関係が崩れてしまうのが、呆れて目の前から消えてしまうのが、怖かった。

怯えて硬く目を瞑ると、額に、両の瞼に触れる柔らかで少し濡れた感触。
それが唇だと気付くのは、頬に触れてからで。


「鋼の…?」

「照れてんのか?顔、真っ赤だぞ。」

「………。」

「ほら、気持ちいいなら気持ちいいって言えよ……俺が喜ぶだけだからさ。」


喜ぶ?面倒な大人だと罵らないのか?

驚いて目を開けば、満足そうに微笑むエドワード。
その表情に嘲る要素は何一つ無く。


「俺は姉ちゃんだから…。今の俺は頼られたりよっかかられる事で自我を保ってる。自分の存在していい理由を、そこに求めてるんだ。そうされる事が嬉しいし、生きてる理由。………こうしてアンタが俺で癒されると、俺も癒されるんだよ。」


そんな悲しい存在意義などあるのだろうか、とロイは眉を少しだけ顰めた。
一人っ子として生まれ、育ってきたロイにとって、上の気持ちも下の気持ちも解らない。
では、なんらかの間違いでアルフォンスが消えてしまったら、この子はどうするのだろう。
存在意義を失い、消えてしまうのだろうか。

ロイはふっと全身の力を抜き、エドワードに体重を預けた。

この温もりを手放すのは嫌だと心から思う。
今まで、自分は我侭で欲望に忠実だったじゃないか。


「とても……気持ち良い…。」


ならば自分自身を彼女の存在意義にしてしまおう。




少女はその小さな声を聞き届け、花が綻ぶ様に笑ったのだった。









これが二人の始まりのお話。

アルフォンスの勧めもあり、それ以降イーストシティに立ち寄ると、エドワードはロイを抱き締める為に沢山の時間をあてた。

それはまだ恋情には程遠く、お互いが母のように、子のように依存し合う関係だったけれど、ゆっくりとゆっくりと二人の想いは育ってゆく。



そんな、愛の形。