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生徒会と麻婆豆腐

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直井文人は学食に呼ばれていた。

 というのも、昼休みに校長室に向かっている途中(音無と昼食を一緒にとるためだ)、この季節一番冷える廊下で、生徒会長――立華かなでが小銭をじーっと見つめており、声をかけると澄んだ瞳を小銭から直井に向けて「……麻婆豆腐」と呟いたきり動かなくなったので、耐えきれずに奢ることにしたからである。

 かなでがずっと廊下で立ち止まっていたせいか、学食はずいぶん人がいなかった。
 窓の外では、白い雪が静かに降っていた。この世界では、今年の初雪である。
 が、いまの直井にそんな事はミジンコの観察日記を毎日つけることよりどうでもよかった。もっとも、直井はミジンコの観察日記などつけたことはないが。
 今、直井の座っている席の向かい側では、かなでがいつもと変わらぬ無表情でありながらも嬉しさをにじませた顔で、学園では激辛だと定評のある麻婆豆腐をぱくぱくと食べている。
 当然だが、渋々かなでと昼食をとる、しかも奢ることになった直井はいらいらしており、テーブルに頬杖をつき、中性的な顔にははっきりと苛立ちを全開にした表情をうかべていた。
 テーブルの彼女側には、空になった麻婆豆腐の皿がタワーを作る勢いで積まれていた。
「…………生徒会長」
 直井は大きな溜め息をつき、いつもより1トーンおちた声で麻婆豆腐を淡々と食べ続けるかなでの名を呼ぶ。
「何かしら」
「僕、そろそろ戻るので……。麻婆代はここに置いておきますから」
 直井は五千円札をテーブルに叩きつけるように置き、溜め息をつきながら席を立つ。人の少ない学食にその音が響き、何人かのNPCがびくっと体を竦ませたが、気にせずに早足で学食から抜け出す。と、
「待って」
 かなでにすれ違いざま、腕を掴まれた。かなでの白く細い指が、自分の着ている黒い制服だと異様なほど目立つことに気付く。
「これ。はい、あなたも」
 顔の前には麻婆豆腐を一口分のせたレンゲがあった。ふとかなでに目を向けると、彼女はいつもの無表情のまま、だが確かに「食べて」という表情をしている。これは日々生徒会役員としてかなでを常に見続けてきた彼だからこそ分かるものだ。音無ですらもここまでのスキルは習得してはいないだろう。
「……あ、えーと……」
 さすがの(自称)神である直井ですらこの学園の激辛麻婆豆腐をたべるのには躊躇してしまう。思わず視線(というか顔)を逸らす。
「? 何をしているの? あなたもこの麻婆豆腐のおいしさに気付くべきだわ」
 かなでは椅子から立ち上がり、直井の口に嫌でも麻婆豆腐を入れようとしてきた。
「いや! 僕は結構ですから、生徒会長が全部食べてください」
 そう言っても不器用な生徒会長はなお食い下がる。
作品名:生徒会と麻婆豆腐 作家名:伊織