守っていいよ
刺すような光に目を囚われ、恐々と瞼を上げる。
射し込む夕陽にぼんやりと瞬きを繰り返し、微睡みからどうにか抜け出す。
からりと扉を開けば、ひんやりと肌を刺す冷たい風が傾れ込み、僕を現実へと引き戻す。
寂しく揺れる衣服は、たった二人分。
未だ上手く働かない頭で、機械的にそれを引っ掴んで放り込んでいく。
ものの数分で取り入れる事が出来る、それがどうにも物寂しい。
ぶるりと身震いした後、洗濯物に残された僅かな太陽の温もりに縋る。
鼻に押し当てれば、ふんわりと漂う柔らかな匂い。
だけど、それだけでは僕の心の穴は塞がってはくれなかった。
しんと静まり返る空虚な部屋で、夕陽だけが僕を慰めてくれる。
いつか妹と見た、麗しい程に染まる茜色の空。
だけど、綺麗だね、と夕焼けに微笑む可憐な少女はもういない。
陽毬の死は冠葉を、僕を、変えてしまったんだ。
「ただいま」
ゆっくりと振り返れば、悠然とした笑顔で僕を捉える狂った瞳。
食材が詰め込まれた袋がかさりと音を立て、その重みを主張する。
「おかえり。早かったね」
あまり力が入らない足を叱咤して立ち上がる。
笑って誤魔化すけれど、冠葉には全てを見透かされていて。
心配そうに手を伸ばし、優しく抱き留めてくれる。
その腕に、吐き気がする程には僕らは変わりすぎて。
「何やってんだよ。窓なんか開けっぱなしにしたら、風邪ぶり返すぞ」
「ごめん。洗濯物取り込んでて」
「それは帰ってから俺がやるって言っただろ?」
静かな怒りを孕んだ低音に、弱り切った身体が竦み上がる。
それに気付いた冠葉が、取り繕う様にぎこちなく笑った。
「まだ熱あるな。あつい」
「でも微熱だからもう平気。明日から学校、行けるから」
ぎゅっと抱き締める逞しい腕が、僅かに震える。
「駄目だ。完治するまで大人しくしてろ」
「でも、もう一週間も休んでるし、そろそろ授業出ないと単位が…」
しまった、と口を噤むけれど、後悔はいつも唐突に訪れる。
大丈夫だ、と紡ぐ声が重々しく響き、僕は下唇を噛み締めた。
「俺に任せとけばどうにでもなるから。な?お前は安心して寝てろ」
ふっと微笑んだのか、空気が変化する。
僕は恐ろしくなって、ただ黙って頷いた。
(どうして上手くいかないんだろう)
僕は泣きそうになるのをぐっと飲み込んで、冠葉の腕を柔らかく解いた。
「ご飯、作るね」
「病人が何言ってんだよ。俺が作るから、お前は寝てろ」
「でも…」
「心配すんな。俺だって、伊達にお前の料理を食べてない」
「えー。食べるのと作るの、全然違うと思うけど」
「んな屁理屈言ってんな。ほら、お前はこっち」
「屁理屈って…ちょ、痛い痛い、分かったからっ」
無理矢理腕を引かれ、冷え掛けた布団の中に押し込まれる。
温かさを残す毛布がふんわりと被せられ、冠葉の手がぽんぽんと優しくリズムを刻む。
「…ありがと」
上目遣いに冠葉を見遣ると、一瞬目を丸くした後、嬉しそうにはにかんだ。
「待ってろ。すぐに作ってきてやるからな」
すっと細められた瞳が、慈しむように僕を捉える。
変わってしまったその目に宿る光。
知りたくもない感情を籠められて、僕はどうしていいのか分からない。
伸ばした腕が僕の髪をくしゃりと撫で上げる。
暫くその感触を楽しんでいた掌が離れていき、やはり残された熱に戸惑うしかなかった。
いつもの事なのに、きっとこれは、いくら時が移ろおうと慣れる事など出来ないな、と悲しくなる。
(ごめんね、冠葉)
僕が陽毬の代わりになればよかったね。
小さな謝罪の言葉は心の中に伏せて、僕は冠葉の背中を盗み見る。
どんなに悔やんでも、嘲笑う運命に敵うはずがないのだ。
僕はどうしてこんなにも無力なんだろう。
射し込む夕陽にぼんやりと瞬きを繰り返し、微睡みからどうにか抜け出す。
からりと扉を開けば、ひんやりと肌を刺す冷たい風が傾れ込み、僕を現実へと引き戻す。
寂しく揺れる衣服は、たった二人分。
未だ上手く働かない頭で、機械的にそれを引っ掴んで放り込んでいく。
ものの数分で取り入れる事が出来る、それがどうにも物寂しい。
ぶるりと身震いした後、洗濯物に残された僅かな太陽の温もりに縋る。
鼻に押し当てれば、ふんわりと漂う柔らかな匂い。
だけど、それだけでは僕の心の穴は塞がってはくれなかった。
しんと静まり返る空虚な部屋で、夕陽だけが僕を慰めてくれる。
いつか妹と見た、麗しい程に染まる茜色の空。
だけど、綺麗だね、と夕焼けに微笑む可憐な少女はもういない。
陽毬の死は冠葉を、僕を、変えてしまったんだ。
「ただいま」
ゆっくりと振り返れば、悠然とした笑顔で僕を捉える狂った瞳。
食材が詰め込まれた袋がかさりと音を立て、その重みを主張する。
「おかえり。早かったね」
あまり力が入らない足を叱咤して立ち上がる。
笑って誤魔化すけれど、冠葉には全てを見透かされていて。
心配そうに手を伸ばし、優しく抱き留めてくれる。
その腕に、吐き気がする程には僕らは変わりすぎて。
「何やってんだよ。窓なんか開けっぱなしにしたら、風邪ぶり返すぞ」
「ごめん。洗濯物取り込んでて」
「それは帰ってから俺がやるって言っただろ?」
静かな怒りを孕んだ低音に、弱り切った身体が竦み上がる。
それに気付いた冠葉が、取り繕う様にぎこちなく笑った。
「まだ熱あるな。あつい」
「でも微熱だからもう平気。明日から学校、行けるから」
ぎゅっと抱き締める逞しい腕が、僅かに震える。
「駄目だ。完治するまで大人しくしてろ」
「でも、もう一週間も休んでるし、そろそろ授業出ないと単位が…」
しまった、と口を噤むけれど、後悔はいつも唐突に訪れる。
大丈夫だ、と紡ぐ声が重々しく響き、僕は下唇を噛み締めた。
「俺に任せとけばどうにでもなるから。な?お前は安心して寝てろ」
ふっと微笑んだのか、空気が変化する。
僕は恐ろしくなって、ただ黙って頷いた。
(どうして上手くいかないんだろう)
僕は泣きそうになるのをぐっと飲み込んで、冠葉の腕を柔らかく解いた。
「ご飯、作るね」
「病人が何言ってんだよ。俺が作るから、お前は寝てろ」
「でも…」
「心配すんな。俺だって、伊達にお前の料理を食べてない」
「えー。食べるのと作るの、全然違うと思うけど」
「んな屁理屈言ってんな。ほら、お前はこっち」
「屁理屈って…ちょ、痛い痛い、分かったからっ」
無理矢理腕を引かれ、冷え掛けた布団の中に押し込まれる。
温かさを残す毛布がふんわりと被せられ、冠葉の手がぽんぽんと優しくリズムを刻む。
「…ありがと」
上目遣いに冠葉を見遣ると、一瞬目を丸くした後、嬉しそうにはにかんだ。
「待ってろ。すぐに作ってきてやるからな」
すっと細められた瞳が、慈しむように僕を捉える。
変わってしまったその目に宿る光。
知りたくもない感情を籠められて、僕はどうしていいのか分からない。
伸ばした腕が僕の髪をくしゃりと撫で上げる。
暫くその感触を楽しんでいた掌が離れていき、やはり残された熱に戸惑うしかなかった。
いつもの事なのに、きっとこれは、いくら時が移ろおうと慣れる事など出来ないな、と悲しくなる。
(ごめんね、冠葉)
僕が陽毬の代わりになればよかったね。
小さな謝罪の言葉は心の中に伏せて、僕は冠葉の背中を盗み見る。
どんなに悔やんでも、嘲笑う運命に敵うはずがないのだ。
僕はどうしてこんなにも無力なんだろう。