ある日の小話その1
アルルとシェゾ。
出会い頭に訪れるいつもの勝負は、お互いにとってもう日常の一部のようなもの。
「アイスストーム!」
「アレイアードっ!」
両者共に、これ以上ないくらい真剣に闘っているのは確かなのだが。
「ぐー」
アルルの肩の上ではカーバンクルが呑気に鳴く。
命運をかけた筈の争いは、端から見ればいつもの仲良い戯れにしか見えなくなっているのも確か。
それに気がついていないのは、多分本人達だけ。
それとももしかしたら。
「闇の剣よっ!」
シェゾの放った闇の剣気がアルルを直撃する。
「いったーい!」
悲鳴を上げながらも一撃を耐え、アルルは唱えていた呪文を解き放った。
「ファファファイヤーっ!」
増幅されて膨れあがった炎の魔導がシェゾに向う。
「いっけーっ!」
声援に押されるように、炎の固まりは一気に標的に襲いかかった。
「うぁっー!」
そこでもう耐えられないとばかりにシェゾの体力がつきる。
がくり、と膝をつく長身。
「む、無念だ…」
「やったーぁ!」
敗北の宣言に、勝者のアルルは軽く小躍りした。
動きに合わせてつややかな栗色の髪が宙に舞う。
対してシェゾは片膝をついたまま悔しそうに顔を顰めた。
「…くっ」
意地で体勢を保っていたが、流石に脱力してがくりと頭を落とした。
整った顔に、はらりと銀色の髪が落ちかかる。
勝敗は無事に決した。
ここは、半ば朽ちかけた遺跡の中。
いつもの如く探索中に出会ってしまい、戦いへと突入した二人だったのだが。
アルルはじっとシェゾの様子を観察した。
ヤケになって飛びかかってくる気配もないし、ダメージもただ体力が尽きただけのようだ。
何となくほっとして力を抜く。
それにしてもと、つい、つくづくつとその姿を眺めた。
立てた片膝がスラリと長い。
煌めくような銀色の髪に、伏せがちになった青い色の瞳が鮮やかだ。
秀麗に整った顔が黒い装束との対比で更に白く見え、容姿に迫力を添えている。
何気なく手をついたうつむき加減の姿が酷く様になっているのは、スタイルの良さがなせる技だろう。
本当に見た目だけなら完璧なのに。
心の片隅で囁く声を聞きながら、アルルは、ま、いいかと気持ちを切り替える。
誇るでもなく侮るでもなく、自然に話しかけた。
「シェゾも懲りないよね。いいかげんあきらめたら?」
「うるさい!お前を手に入れるまで誰があきらめるか!」
飛躍したセリフはついものことだが、それでも乙女心が騒ぐ。
アルルはさっと頬を染め、一歩後ろに下がった。
「もう!だからそういう変態発言もやめてよ!」
「誰が変態だ!」
「シェゾ」
「おのれ…!」
「ぐぅ…」
二人のやり取りを眺めていたカーバンクルが退屈そうにあくびをした。
何だかんだ言って互いにすっかり馴染んでしまった間柄だからこそ交わされる口げんか。
大抵、最後はそうしてことが収まるというのは、慣れ親しんでしまったからという証でもある。
それに気がついているのかいないのか、双方とも決着がついたとすっかり安心してやりあっていたのもつかの間。
ふいに、頭上から不吉な音が響いた。
「…え?」
まるで、何か重くて固いものに亀裂が入ったような音。
次いで、ぱらぱら、と落ちてきたのは細かな石片。
「…なんだ?」
二人はほぼ同時に上を見上げた。
視界に映ったのは派手にヒビの入った天井。
「おい…まさか」
「これって…」
ここに来てようやく、この場所が今にも崩れそうな脆い場所だったと仲良く思い出した。
けれど、時遅く。
追い打ちをかけるように突然響いた崩壊の音。
頭上から襲いかかってくる、いかにも重量のありそうな石のかたまり。
「わぁぁっ?」
「しまったっ!」
「ぐーぐぐーっ!」
三者三様の悲鳴が上がる。
大小様々な石片はランダムに降り注ぎ、床に落ちては細かく崩れ、土煙を立てた。
視界が一時白く染まる。
ほどなくして、辺りは静かになった。
アルルは恐る恐る頭と顔を庇っていた腕を解いた。
途端、土煙を吸い込み盛大にむせる。
前屈みになった体に痛みはない。幸運にも大きな石片には当たらなかったようだ。
咳き込みながら、まだ残る白い煙の向こうに声を掛けた。
「シェゾ!ごほごほっ…大、丈夫?」
ややあって、低くくぐもった声が返る。
「…何とかな」
無事だったと確認した途端、肩から力が抜けた。
「良かった」
案著しながら、咳で滲み出た涙をぬぐう。
その肩が軽い。
「あれ?」
すぅっと背筋が寒くなった。
慌てて辺りを見回す。
その足元から鳴き声が響いた。
「ぐ~」
ほっとして黄色い生き物に笑いかける。
「カーくんも大丈夫?」
「ぐー!」
いつの間に肩から下に下りたのか、カーバンクルは床の上で体を揺らしながらぴこぴこと頷いた。その片方の耳が不自然に折れている。
「カーくん、耳どうしたの?」
「ぐぐっぐー」
「ええっ?石がぶつかっちっゃたの?大変!」
慌ててヒーリングを唱えた。
「これでよし」
元通りになった黄色く長い耳がぴこりと動く。
「ぐー!」
「良かった」
元気そうな様子に安心して破顔したが、すぐに脱力を感じて肩を落とした。
「ぐー?」
「うん、もう魔力がからっぽだ」
先程の戦いで大分消耗していたらしい。
「アイテムも切らせちゃったから、商人さんを探さないとね」
「ぐぅ!」
「その前に…」
さっそく肩に乗った黄色い生き物に話しかけながら、周囲を見回した。
土煙はようやく収まってきていた。
壁は無事なまま。天井部分に大きな穴が開いているが、崩落は止まっている。
幸い、上が少し崩れただけて済んだようだ。
けれど。
「これじゃあ、いつまた崩れ出すかわからないよね。今のうちに外に出た方がいいかな」
迷いながら声をかけた。
「ねぇ、シェゾ!」
けれど。
「…なんだ」
答えた相手の声が、いやに下の方から聞こえる。
どうしたんだろうと視線を向ければ、そこには腕を抱えて地面に座り込んだ姿があった。
じわりとした胸騒ぎがアルルを襲う。
「シェゾ!どうしたの?」
「どうしたも何も石に当たったんだ!見てわからんか!」
苛々と叫んだ後、整った顔が盛大に顰められた。
「だ、だいじょうぶ?」
それを見て思わず足を踏み出した。
途端、大きな石片に足先が当たったが、躊躇なくそれを踏み越える。
二人の間を隔てるような破片のを越えて進んだ。
アルルが側近くまで寄っても動かないままの様子に、焦りのような不安が更に募る。
プライドの高いシェゾがこんな時に格好をつけて立ち上がりもしないなんておかしい。
一瞬躊躇した後、傍らに膝を着いて屈み込んだ。
「どこ打ったの?立てないのなら、足?早くヒーリングした方がいいよ」
心配しながらそっと覗き込む。
すると、何故かものすごく不機嫌そうな表情が見返してきていて、首を傾げた。
「どうしたの?怖い顔して。痛いの?」
途端、銀色の眉根がぎゅっと寄せられた。
青い瞳がぎらりと光る。
「アホか!お前のせいで魔力も体力も底をついてるんだ!」
「あ、そっか」
いつまでも座り込んでいた理由に、なるほど、と納得する。
だが。
「困ったな。僕ももう魔力がないんだよね」
この様子だとアルルと同じようにアイテムもなくなっているのだろう。
体力は少し休めばなんとかなるが。
問題は。
出会い頭に訪れるいつもの勝負は、お互いにとってもう日常の一部のようなもの。
「アイスストーム!」
「アレイアードっ!」
両者共に、これ以上ないくらい真剣に闘っているのは確かなのだが。
「ぐー」
アルルの肩の上ではカーバンクルが呑気に鳴く。
命運をかけた筈の争いは、端から見ればいつもの仲良い戯れにしか見えなくなっているのも確か。
それに気がついていないのは、多分本人達だけ。
それとももしかしたら。
「闇の剣よっ!」
シェゾの放った闇の剣気がアルルを直撃する。
「いったーい!」
悲鳴を上げながらも一撃を耐え、アルルは唱えていた呪文を解き放った。
「ファファファイヤーっ!」
増幅されて膨れあがった炎の魔導がシェゾに向う。
「いっけーっ!」
声援に押されるように、炎の固まりは一気に標的に襲いかかった。
「うぁっー!」
そこでもう耐えられないとばかりにシェゾの体力がつきる。
がくり、と膝をつく長身。
「む、無念だ…」
「やったーぁ!」
敗北の宣言に、勝者のアルルは軽く小躍りした。
動きに合わせてつややかな栗色の髪が宙に舞う。
対してシェゾは片膝をついたまま悔しそうに顔を顰めた。
「…くっ」
意地で体勢を保っていたが、流石に脱力してがくりと頭を落とした。
整った顔に、はらりと銀色の髪が落ちかかる。
勝敗は無事に決した。
ここは、半ば朽ちかけた遺跡の中。
いつもの如く探索中に出会ってしまい、戦いへと突入した二人だったのだが。
アルルはじっとシェゾの様子を観察した。
ヤケになって飛びかかってくる気配もないし、ダメージもただ体力が尽きただけのようだ。
何となくほっとして力を抜く。
それにしてもと、つい、つくづくつとその姿を眺めた。
立てた片膝がスラリと長い。
煌めくような銀色の髪に、伏せがちになった青い色の瞳が鮮やかだ。
秀麗に整った顔が黒い装束との対比で更に白く見え、容姿に迫力を添えている。
何気なく手をついたうつむき加減の姿が酷く様になっているのは、スタイルの良さがなせる技だろう。
本当に見た目だけなら完璧なのに。
心の片隅で囁く声を聞きながら、アルルは、ま、いいかと気持ちを切り替える。
誇るでもなく侮るでもなく、自然に話しかけた。
「シェゾも懲りないよね。いいかげんあきらめたら?」
「うるさい!お前を手に入れるまで誰があきらめるか!」
飛躍したセリフはついものことだが、それでも乙女心が騒ぐ。
アルルはさっと頬を染め、一歩後ろに下がった。
「もう!だからそういう変態発言もやめてよ!」
「誰が変態だ!」
「シェゾ」
「おのれ…!」
「ぐぅ…」
二人のやり取りを眺めていたカーバンクルが退屈そうにあくびをした。
何だかんだ言って互いにすっかり馴染んでしまった間柄だからこそ交わされる口げんか。
大抵、最後はそうしてことが収まるというのは、慣れ親しんでしまったからという証でもある。
それに気がついているのかいないのか、双方とも決着がついたとすっかり安心してやりあっていたのもつかの間。
ふいに、頭上から不吉な音が響いた。
「…え?」
まるで、何か重くて固いものに亀裂が入ったような音。
次いで、ぱらぱら、と落ちてきたのは細かな石片。
「…なんだ?」
二人はほぼ同時に上を見上げた。
視界に映ったのは派手にヒビの入った天井。
「おい…まさか」
「これって…」
ここに来てようやく、この場所が今にも崩れそうな脆い場所だったと仲良く思い出した。
けれど、時遅く。
追い打ちをかけるように突然響いた崩壊の音。
頭上から襲いかかってくる、いかにも重量のありそうな石のかたまり。
「わぁぁっ?」
「しまったっ!」
「ぐーぐぐーっ!」
三者三様の悲鳴が上がる。
大小様々な石片はランダムに降り注ぎ、床に落ちては細かく崩れ、土煙を立てた。
視界が一時白く染まる。
ほどなくして、辺りは静かになった。
アルルは恐る恐る頭と顔を庇っていた腕を解いた。
途端、土煙を吸い込み盛大にむせる。
前屈みになった体に痛みはない。幸運にも大きな石片には当たらなかったようだ。
咳き込みながら、まだ残る白い煙の向こうに声を掛けた。
「シェゾ!ごほごほっ…大、丈夫?」
ややあって、低くくぐもった声が返る。
「…何とかな」
無事だったと確認した途端、肩から力が抜けた。
「良かった」
案著しながら、咳で滲み出た涙をぬぐう。
その肩が軽い。
「あれ?」
すぅっと背筋が寒くなった。
慌てて辺りを見回す。
その足元から鳴き声が響いた。
「ぐ~」
ほっとして黄色い生き物に笑いかける。
「カーくんも大丈夫?」
「ぐー!」
いつの間に肩から下に下りたのか、カーバンクルは床の上で体を揺らしながらぴこぴこと頷いた。その片方の耳が不自然に折れている。
「カーくん、耳どうしたの?」
「ぐぐっぐー」
「ええっ?石がぶつかっちっゃたの?大変!」
慌ててヒーリングを唱えた。
「これでよし」
元通りになった黄色く長い耳がぴこりと動く。
「ぐー!」
「良かった」
元気そうな様子に安心して破顔したが、すぐに脱力を感じて肩を落とした。
「ぐー?」
「うん、もう魔力がからっぽだ」
先程の戦いで大分消耗していたらしい。
「アイテムも切らせちゃったから、商人さんを探さないとね」
「ぐぅ!」
「その前に…」
さっそく肩に乗った黄色い生き物に話しかけながら、周囲を見回した。
土煙はようやく収まってきていた。
壁は無事なまま。天井部分に大きな穴が開いているが、崩落は止まっている。
幸い、上が少し崩れただけて済んだようだ。
けれど。
「これじゃあ、いつまた崩れ出すかわからないよね。今のうちに外に出た方がいいかな」
迷いながら声をかけた。
「ねぇ、シェゾ!」
けれど。
「…なんだ」
答えた相手の声が、いやに下の方から聞こえる。
どうしたんだろうと視線を向ければ、そこには腕を抱えて地面に座り込んだ姿があった。
じわりとした胸騒ぎがアルルを襲う。
「シェゾ!どうしたの?」
「どうしたも何も石に当たったんだ!見てわからんか!」
苛々と叫んだ後、整った顔が盛大に顰められた。
「だ、だいじょうぶ?」
それを見て思わず足を踏み出した。
途端、大きな石片に足先が当たったが、躊躇なくそれを踏み越える。
二人の間を隔てるような破片のを越えて進んだ。
アルルが側近くまで寄っても動かないままの様子に、焦りのような不安が更に募る。
プライドの高いシェゾがこんな時に格好をつけて立ち上がりもしないなんておかしい。
一瞬躊躇した後、傍らに膝を着いて屈み込んだ。
「どこ打ったの?立てないのなら、足?早くヒーリングした方がいいよ」
心配しながらそっと覗き込む。
すると、何故かものすごく不機嫌そうな表情が見返してきていて、首を傾げた。
「どうしたの?怖い顔して。痛いの?」
途端、銀色の眉根がぎゅっと寄せられた。
青い瞳がぎらりと光る。
「アホか!お前のせいで魔力も体力も底をついてるんだ!」
「あ、そっか」
いつまでも座り込んでいた理由に、なるほど、と納得する。
だが。
「困ったな。僕ももう魔力がないんだよね」
この様子だとアルルと同じようにアイテムもなくなっているのだろう。
体力は少し休めばなんとかなるが。
問題は。