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まみむめももも
まみむめももも
novelistID. 33950
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ある日の小話その1

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その間にも、腕の上をアルルの指が柔らかく往復して行った。
「いたいのいたいの飛んでいけ」
先程までとは打って変わって小さく、本当に小さく声が響く。
それだけで何とも形容しがたいような気恥ずかしさが猛烈に込み上げるのを感じた
全身をむず痒いような感覚が駆け巡り、顔に血が上るのがわかる。
言い出したことを後悔して腕を取り戻そうとした、その時。
すっとその腕が持ち上げられた。
次いで、服の上からでも感じた、何とも柔らかで艶めかしい感触。
それは、一瞬の出来事。
微かにかすめていった感覚。
ほんの僅かなその時間に、全神経が集中するのが分った。
流れ落ちた栗色の髪で隠された顔を、穴の開くほど見つめる。
どんな表情をしているのか見たい。
半ば命じるように望むが、アルルは慌てたように腕を離した後も俯いたまま。
再び二人の間に沈黙が落ちる。
互いの鼓動が聞こえそうな距離で、静かに息をする音さえ大きく響くような感覚に、緊張感が増していく。脈泊が増して行くのを止められない。
ややあって。
さらりと栗色の髪が揺れて、少し恥ずかしそうな表情がこちらを見上げた。
「やっぱりちょっと恥ずかしいや」
照れたように告げると、えへへと笑う。
やわらかそうな頬をほんのりと染めた顔。
無防備な笑顔。
どくり、と鼓動が騒いだ。
途端、はっとしたようにアルルが目を見開く。
みるみるうちにその顔が朱に染まった。
途端、ぐらり、と理性が眩暈を起すのを感じた。
『    』
頭の中で声が囁く。
意識が覚醒するような勢いで一点に集中するのがわかった。
間近に感じる気配が甘く薫っている。
心地よく惹かれるようなその香りをもっと感じたい。
我知らず、体が動いた。
突き動かされるような衝動のままに、ぐっと身を乗り出す。
「え」
戸惑ったような声を発しながら、アルルが僅かに体を引いた。
それを追うようにして体を傾ける。
「ちょ…なに?」
視線で相手を射止めんとするばかりに、その可愛い顔をじっと見つめる。
戸惑ったように揺れる金茶の瞳と色づいた桜色の唇から目が離せない。
身体の芯が熱くふつふつと滾り出す。
更に相手が身を引こうとした所で腕を伸ばした。
「わわっ!」
バランスを崩したアルルが尻餅をついた。
すかさず、地面に着いた相手の手の向こう側へと自らの手を先回りさせる。
こちらの腕とアルルの腕が交差して微かに触れ合った。
それ以上後ろに下がれなくしたところで更に体を乗り出した。
意図したとおり、後ずさろうとしたアルルはついた手に邪魔されて動きを止めた。
後は追い詰めるだけ。
視線はひたすら相手の顔の上に。
見つめれば見つめるほどに餓えのような感覚が湧き上がってくる。
どうしていいか分らないという弱気を浮かべた表情が酷くそそられる。
軽く開かれた唇は瑞々しい色に色づいていて、まるで誘っているようにしか映らない。
「シェ…ゾ」
上擦って掠れた声が更にこちらの熱を加速させる。
動悸が高なり興奮が増す。
心持ち逸らされて上向きになった顔に自らの顔を近づける。
あと少し。
微かに目を伏せた。
「ちょ…ま…って」
唇が動く度に吐息を感じるほど側近くに寄った所で、一気に寄り。
そして。
ぷにょっ!と柔らかくてざらりとした何とも言えない感触が唇を襲った。
はっと目を見開けば、視界が黄色一色に染められていて慌てて体を引き離す。
間に挟まれていた黄色い生き物がぽとりと下に落ちた。
「カーくん?」
「おま…」
アルルとの間に割って入るような位置で黄色い生き物が無表情にこちらを見上げた。
かと思うと。
「ぐーぐー」
いきなりくるりとこちらに背を向けて、何やらアルルへと訴えかける。
「え、そ、そうなの?」
その声に慌てたように答えると、アルルはするりとこちらの腕の檻を抜けてしまった。
そのまま立ち上がって、首を巡らせる。
「ぐー!」
「わかった。あっちだね?」
見ているシェゾには何が何やら分らない。
中断された憤りと、置いてきぼりにされそうな雰囲気も手伝って声を荒げた。
「おい!どうしたというんだ!」
「うん。向こうに商人さんがいるってカーくんが」
「どうしてその生き物にわかるんだ」
「カレーの匂いがするって」
「ぐぐっ!」
「だから僕は行くね」
「な…!」
「シェゾも出来れば早くここから立ち去った方がいいよ」
告げながらアルルはどんどん遠ざかる。
「っておい!待たんか!おい!」
つい先程までの雰囲気を欠片も残さず、一人と一匹は視界から綺麗に消えてしまった。
姿が見えなくなる寸前、ひらりと翻った青い衣服の色に酷く未練が湧いて妙な悔しさが込み上げる。
「…なんなんだ…」
やりきれない感覚に、ぎりっと拳を握る。
「…くそっ!」
一人取り残されたシェゾは腹立ち紛れにどん!と壁にそのこぶしを打ち付けた。
「痛ぇ!」
途端、腕に走った痛みに思わず声を上げる。
けれどそれは一瞬のこと。
びりびりと余韻のように走る痛みを堪え、ぎりりと奥歯を噛み締める。
何かを押さえつけるような顔で拳を壁に押しつけて、きつく眉根を寄せた。
青い瞳が危険な色を帯びる。
「…次こそは必ず手に入れてやる」
低く呟いた声に被さるように、みしり、と不吉な音が響いた。
 
アルルは歩きながら拳で胸元を押さえた。
まだどきどきしている。
ただちょっと心配で、座り込んだ姿がほっておけなかっただけなのに。
その筈だったのに。
なんであんなことに。
滅多にないほど近くにあった気配とか吐息とか体温とか。そんなものが脳裏に蘇り、フラッシュバックする。
どきどきどきっと脈が更に上がった。
「わわわわっ!」
一気に顔が熱くなり、込み上げた恥ずかしさに思わずばしばしと壁をはたいた。
「ぐー?」
肩の上の相棒の不思議そうな声ではっと我に返る。
「う、ううん。なんでもないよ」
まだ熱い頬を押さえて、そっと後ろを振り返った。
「大丈夫かな」
少しすれば動けるようになるだろうが、多少心配が残る。
その不安を打ち消すようにカーバンクルが肩の上でぴこぴこと耳を振って見せた。
「ぐっぐー」
「…そうだね。シェゾのことだからきっと大丈夫だよね!」
何となく安心して元気よく同意する。
滅多なことではくたばらないという、長年の信頼のような感覚に従って、アルルは気持ちを切り替えた。
「ぐぅぐぐ!」
「え?ここを上るの?わかった」
カーバンクルの誘導でアルルは階段に足を掛けた。
和やかな会話が遠ざかる。

ややあって。

遠くから盛大に岩が崩れる音が響いたのだが…階を移ったアルル達がそれに気がいたのは大分後となった。