うみものがたり
うみものがたり サンプル
『泡沫の声に 耳を澄ませて』 著:樹
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キラキラと光る銀色の小さな輪。暗い海の底にまで届いた弱くて細い地上の光を浴びて、その指輪は光を放ちながら細い紐に結ばれ菊の胸の辺りで小さく揺れていた。
これは預かり物。黄金色の髪と翡翠のような美しい瞳を持つ青年が落とした忘れ物だ。
彼は二本の足を持つ『人間』で、自分は腰から下に桃色に光る鱗を持つ『人魚』だけれど、これは彼にとってとても大切なものだったのだと思う。彼はこれを追って嵐の海に飛び込んだのだから。これを彼に届けるということは難しいことなのだろうか。
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ある嵐の晩に、『人間の船が近くの海にいる』という話を魚たちがしてくれた。嵐の波に隠れて近づけば『人間』に見つからずに人間たちの様子をみることができるよ、彼らは嵐でそれどころじゃないだろうからね、菊は人間を見てみたいって言っていたよね、などと周りの魚たち口々にいうので、折角の好意だからと菊は魚たちとともに海面に顔を出した。『人間』というものに興味があったというのは本当の話で、見られるのならば見てみたいと思っていたのも本当だった。
波は風とともに踊り狂っていた。それに雨も加わっていたため、海の上はとても荒れていた。海に住んでいる生き物は海の加護もあって嵐などは怖くない。けれど、人間は大丈夫なのだろうか。不意に波の間に黒い大きな塊が見えた。これがおそらく『船』だ。波に弄ばれているかのように大きく揺れていて、その『船』の上では無数の黒い影が慌しく動いている。暗くてよく上の様子が見えないですね、などと思ったとき、頭になにか軽くて小さなものが当たり、すぐ側でぽちゃんという音がした。なんだろうと周囲を見回そうとしたとき、不意に雷が叫び声をあげてピカリと光った。その光に映し出されて何かこちらに向かって落ちてきていることが分かった。その落下物は菊の少し手前、船側に落ちたようで大きな水しぶきが上がった。黄金色に光る何か。なんだったのだろう。
『船』は波に揉まれてその場を少しずつ離れていく。菊はなぜか呼ばれているような気がして、その落ちたものを探すために海へと潜った。そこにいたのは、荷物などではなく黄金色の髪を持つ人間だった。