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願わくば

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晶馬がいない。

肌寒さから無理矢理覚醒を促され、癖のように隣を見遣れば、弟が眠っていた筈の布団はもぬけの殻。
途端にひんやりと波立つ心臓、せっつかれる様に駆け出すせっかちな脚。
靴を履く事すらもどかしく、縺れる様に飛び出せば、既に身体は冷や汗で湿り始めていて。

(こんな時間に何処に、)

「あれ。どうしたの兄貴。こんな夜中にどっか行くの?」

拍子抜けする間抜け声に、速度を付け始めた足を逆らう様に止める。
声のする方へと視線を注げば、闇に溶けてしまいそうに儚く映る晶馬の姿。
油断すればふっと消えてしまいそうで、不安定に喘ぐ息をそのままにか細い腕を鷲掴みにした。
ああ、よかった、ちゃんとある。

「ばっ、か!お前なぁ!」

「ちょ、静かにっ、何時だと思ってるんだよ」

人差し指を立て、慌てた様子で周囲を窺う。
しんと静まり返る空間に安堵したのか、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「お前こそ、こんな時間にンなトコで何してんだよっ」

「何って…眠れないからちょっと気分転換に」

心配してくれたの?と晶馬が少し声を弾ませて笑った。

「ば…っ!当たり前だろうがっ、こんな時間にノコノコ出歩いてんなよっ!」

「出歩くって、すぐ隣じゃないか」

能天気に足を揺らして遊ぶ晶馬に、怒りを通り越して呆れてしまう。
跨る黄色の遊具に光が反射してキラキラと輝き俺を照らし出す。

「兄貴も座れば?綺麗だよ」

指差す先を辿る様に見上げると、一面に広がる漆黒とまばゆい白のコントラストが、瞬く事すら許さぬ程に俺たちを魅せつける。
暫くそれをぼんやりと瞳に映した後、はぁ、と溜息混じりに晶馬へと視線を移す。
コイツは時々何を考えているのか分からない時がある。
今も何を思って笑っているのか、唇が綺麗に弧を描いて自然と目が離せなくなる。

「兄貴?どうかした?」

「…別に」

反発するように視線を逸らし、隣に備え付けられた遊具に腰を下ろす。
安心した途端に吹き付ける風が肌に沁みて、情けないくしゃみが一つ飛び出した。

「そんな薄着で来るからだよ」

「誰のせいで…っ!」

ふっと空気が揺らいだかと思うと、ふわりと身体を包み込む柔らかな温もり。
息を呑む暇も与えられないまま隣に落ち着く優しい体温。

「こうすれば寒くないね」

ぴったりと寄せ合った身体から伝わる優しい鼓動に、俺の身体が面白い様に硬直し始める。
然程大きくないブランケットに、発展途上とは言え大の男二人が包まるには小さすぎて。
自然と身を寄せ合い肩が触れる、その箇所が、熱い。

「そう言えば、こんな風に一緒に星眺めてた事あったよね」

ぼんやりと懐古する眼差しに囚われぬよう、拳を固く握る。

「あったな。小学生ん時の理科の宿題かなんかで、あれだ、冬の大三角形を探せとかいうやつ」

「そうそう。懐かしいなぁ」

無邪気に笑うその表情が胸に響く。

幼き日に見た星空の下、晶馬のその穢れを知らない笑顔に魅せられて、やはり家族になんてなれないと自覚した。
晶馬は他人なのだとはっきり認識した、今日みたいに少し肌寒さを覚える夜更け。
二人で毛布に包まって肩寄せ合うその温もりが、今でも忘れられない。

あの時と同じ。すんと啜れば鼻腔を擽るのは、甘くて、何もかも赦してくれるような包容力溢れる温かな匂い。
それだけで心音は速度を上げて、頬に熱が集まっていく。
煩い音は、きっと晶馬にも聞こえてしまう。
ならば、それすら分け合ってしまえばいい。

作品名:願わくば 作家名:arit