何でもない日のお茶会【臨帝】
「まぁ、教えを乞うのは正しいけどね。帝人君にじゃなくて……俺に教えてよ」
「やる気があるの? 冬が終わる前じゃないと意味がないのよ? ちゃんと分かってる?」
急に神妙な調子になった波江。
「手編みっぽい市販品の購入は済んでる? 恥ずかしいことじゃないわ。釣りに行く父親も結局は魚屋で魚を買う、仕方がないことってあるのものよ」
やけに優しい。
「そんな覚悟が必要なの? 編み物って……」
「当然じゃない。何か編み物やったことある? ないでしょ」
手を完全に止めて眉を寄せた険しい顔の波江に手編みとはそんなにレベルの高い作業だったかと内心で臨也は首をひねる。妊婦の暇潰しではないのか。
「俺はニッチングでのリリヤンしかやったことないよ」
「ニッチング? あぁ、あの筒ってそういう名前なの」
「妹たちが放り投げてたのをちょいちょいと」
「解いたの?」
「いや、そんな酷いことしないよ。七色にする予定らしかった色の配色を三色にまとめてあげたんだ」
「地味な嫌がらせを……」
「俺のマフラーにしたかったらしいけど三色じゃあ首を絞めることも出来ないから貰わなかった」
「貰って目の前で解くよりもいいのかしら?」
「せめて終わりの色になったって諦めないで終わりを中心にまた始めるぐらいの機転が利いたなら貰ったんだけどね。そもそもアレって細すぎるでしょ」
取り合う気もないのか目を反らしている波江に「教えてよ」と頼めば「道具は?」と返される。
貸してくれる気はないらしい。
「毛糸は相手のことを思って自分で買うものよ」
基本だとでも言いたげな波江だが、波江が編んでいるセーターが矢霧誠二に似合うかは微妙だと思った。
(黄色にピンクのハートなんて誰が着たいんだよ)
わざとかどうかは知らないがズレたセンスを普通にさらしている波江。
(これに文句を言わない弟は確かによくできた良い奴だ)
女の生首だけを愛してなどいなければ。
(どいつもこいつも狂ってる。だから人間は面白い。見ていて飽きないねえ)
狂いながらも常識人ぶる。いいや、狂っているからこそ正常な他の部分で常識を口にするのかもしれない。
ならば、逆説的に常識人は狂人なのか。
(それは極論だけど……極端な思考はうすら寒いものがある。常識という正義を掲げて従わない者を弾圧するのはよくある社会の風景だ。極端が過ぎれば修正しようと思う人間が出てきて結局はバランスがとれる)
世界は狂人と常識人だけで出来ているわけではない。
だが、狂人と常識人はくるくると回る一枚のコインの裏表。
どちらかだけではありえない。常識というルールに沿わない異端が狂人。常識に囚われて身動きできないのが常識人。
そのどちらの要素も併せ持ち生きていくのが人間。
(人間は愛しいね)
笑う臨也に波江は嫌な顔をして編み物に戻った。臨也が言うまで新しい仕事はない。
作品名:何でもない日のお茶会【臨帝】 作家名:浬@