何でもない日のお茶会【臨帝】
(略)
クリスマス、クリスマス。臨也は口の中で唱えながらテレビに齧りつく。面白い特集はない。恋人たちにおススメの夜景スポットは去年と特に変わらなかった。一段と気合を入れたと言われたところで「今年も綺麗」で終わる。
(こういうところに連れてったら帝人君は感動するかな? 無駄な電力とか金額換算して溜息ついちゃう? んー、俺は電極でこのサイズの立体を作るのは尊敬するけどな。スゴイよねー、偉いよねー。俺は絶対やんない)
そう言えばと思い立って臨也はパソコンで調べる。
結果はすぐに分かった。数年前から色々な所でやり始めたサービス。ホテルの明かりを利用して、あるいは巨大な電光掲示板での愛の告白。今では時間単位でイルミネーションを自由にする権利を売り出しているらしい。やろうと思えばなんでも商売になる。
(喜ぶどころかドン引きか?)
臨也は申し込もうと動かした手を引っ込める。早くしないと良い時間帯は取られてしまう。
(この時期じゃどっちにしろもう無理か……数分だからタイミングを合わせて誘導するのもわざとらしい)
負け惜しみだ。本当はやりたくて仕方がない。
だが、帝人の反応は悪い気がした。
(ちゃんと俺は察してる。察してる)
意外に喜んではしゃぎ回ってくれるかもしれない。
本当のところは分からない。
(サプライズだったら起きたらナポリや香港? 手堅く、函館か六高山? あれ、三大夜景のもう一つってどこだっけ?近場なら横浜か。都内イルミネーションツアーでもするかな。山の手周辺を一時間歩けば結構面白い――)
細かく調べようとして向けられる視線が痛いことに気付く。顔を上げれば矢霧波江が睨んでいた。
「突き刺さるんですけどー」
「暇なのかしら?」
「大忙しじゃないか。見れば分かるだろ」
書類整理の手を止めたのではなく、すでに終わっているのに臨也が次の仕事を言わないから不審に思っているのが分かる。
「波江さん優秀だよね」
「私事に口を挟みはしないわよ」
「編み物とかできる?」
「できないわ」
口にしながら波江はすごい速さで手を動かしていた。
「君が今やってるのは?」
「誠二にセーターを作ってあげてるの。貴方にはないわよ」
「別にそれくれって言ってるわけじゃないんだけど……。え、なんで髪の毛編み込んでるの?! 呪い? ぎゃー」
「どうして私が誠二を呪わなきゃいけないの! 失礼ね。これは強度対策よ。髪の毛は強いのよ」
「編み込んだりして縄に使われたりもするねー、昔は」
「誠二は言ったわ。『姉さんの古風な所、良いと思う』って」
「いい弟だねー、よかったねー」
上の空なぐらいに適当に臨也は相槌を打つ。デロデロにとろけた乙女の表情をしていた波江は不愉快そうに「何が分かるっていうのよ」と吐き捨ててくる。
(面倒臭い女。好きな人の良いところは自分だけが知ってればいいってヤツか。俺だってそうだ。俺も面倒なのか?)
自覚してない自分の姿を他人の中で見ると疑問だけが膨らんでいく。帝人に嫌われるのが嫌なのだ。こんな自分で帝人に嫌われたりはしないだろうかと切なくなる。帝人に別れを切り出されたらそれは誰の責任だろう。
(俺じゃない。俺以外のナニカのせいだ。帝人君じゃない。帝人君もちょっと勘違いしているだけ)
どろりと生まれる粘ついた気持ち。目の前にいる矢霧波江のように一心不乱に弟を偏愛するように誰かを愛することは臨也には出来そうにない。
臨也は恋に狂っている自覚はあったが同時に根っからの狂人にはなれそうにないと自分を認識している。
(矢霧波江にとって弟の気持ちなんて自分に向けられるかどうかだけで本当のところは考えてもいないんだろ。弟にとって必要な自分を認識し続けたいだけで……それは恋って言うのか? 依存じゃない? 別に構わないけどさ)
矢霧姉弟の一方通行の不毛な泥沼劇など臨也にとっては過去のもの。今更目の前で演じられてもつまらない。春先のものと何も変わりない演目だろう。
「毎年作ってあげてるのかい?」
「誠二の帽子から手袋も靴下も下着まで全部私の手作りよ」
「本当、高性能無駄遣いだねー」
失礼な臨也にも波江は取り合うことはしない。
「それ、作ってどうする気?」
「当然、誠二に渡すのよ」
「自分で? 違うよね。帝人君に渡させる気だろ」
「私が身を潜める理由はあの子で、本人が了承してるんだから問題ないじゃない」
「俺がそんなことで納得すると思ってる?」
「そんなに大切だと思うならここじゃない部屋でも借りておままごとでもすればいいでしょ。ここに来るなら顔を合わせるのは分かりきってたはずでしょう」
「平気だと思ったんだよね、いろいろと」
始めは恋の形もはっきりしない付き合いだった。
(情報屋の仕事場兼自宅って帝人君の気を引くのに充分すぎるカードだった)
ついて回る危険など考えるより前に臨也は帝人の視線を自分に引き留めることを優先した。出来ることは全てして自分へ繋げようとする。間違いなく好きだからこその行動。
軽率だったと今では理解しているからこそ臨也は池袋へ帝人を迎えに行く。尾行や誰かに何かをされていないか心配で仕方がない。一瞬でも視界に入らないと不安になる。風呂でもトイレでも本当は帝人にくっついて行きたい。
「男って単純よね」
「帝人君の考えてること、分かる?」
「あなたこと好きな自分が好きなんじゃない?」
「恋に恋してるって?」
「そんなのあの年齢ではよくあることでしょ。それにそもそも他者愛と自己愛の違いなんて大したことじゃないわ。あぁ、でも……竜ヶ峰帝人はそういう押し付けがましさは嫌いなのかしら? 私の誠二への愛を否定してきた……あいつは……」
声が震え波江の形相は鬼と化していた。
春先の話だ。臨也も近くで見ていた。
「時間稼ぎの挑発だろ。根に持つね」
「この前『恋心がなければ矢霧君にとって良いお姉さんなのに』って言ってきたのよ、アイツっ!」
「正直者だねー。あぁいや波江さんは良いお姉さんだねって」
「そんなの当り前じゃない!」
「でも、弟の恋人になりたいと思うのは異常だろ?」
「歪んでいるわね。じゃあ、あなた達は? 男同士だって世間的には歪んでいるでしょ」
「だよねえ。だから、ちょっと気を遣っているよ」
人目もはばからずべたつかないように自制している。
抑えていてこれなので抑えていなかったらどうなっているのか分からない。
「誰に? 私に? 気を遣われた覚えはないわ。毎日毎日、いちゃいちゃラブラブうざったいことこの上ない!」
苛立っている波江は美人であるからこそ恐ろしい。
臨也は意に介さず意外な言葉に表情を緩める。
「え、そんなに、俺達いちゃらぶ?」
「喜ばないで、気持ち悪いッ」
波江に吐き捨てられても臨也は気にしない。
「そっか、ラブラブか……」
「――竜ヶ峰帝人の手編みの何かが欲しくても私があいつに教えてあげることなんかないからっ。自分でねだりなさいよ」
「帝人君を荷物運びに使ってるくせに」
「それとこれとは別問題」
言っている間にセーターはどんどん編み上がっていく。魔法というより機械のようだ。同じ動きを延々と繰り返す。だからこそ話しながらでも出来るのだろう。
作品名:何でもない日のお茶会【臨帝】 作家名:浬@