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生きてかえろう

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「見損なったよ、計ちゃん」

見たこともないくらい冷たい目をして。睨んでいるというよりは、見下しているような顔で。
ばたんと扉が閉められて、がくんと膝をついた。

「…玄野くん…」

おっちゃんが心配そうに見つめているのも、他の面子が何事だって顔をしているのも、全部見えてたし聞こえてたけど。
そんなことより俺の頭の中でぐるぐるまわっていたものは。

加藤に嫌われたってことだけだった。

俺にとったらどうしようもないことだった。おっちゃんはきっと見てたから知ってる。
だけど加藤は、遠くにいたから、俺たちの状況なんてきっと見えなくって。俺がどういう状態だったのかなんてきっとわからなくて。

俺が自分の命を優先して、仲間を見殺しにしたってことしか、わからなかったんだろう。
―実際それが間違っているわけでもない。

たまたま近くにいたおっちゃんと、新人と、俺の3人でみんなと先に合流しようっつって、歩いていたときに、運悪く星人に遭遇しちまって。
それが悪いことだとも、幸運だとも思わなかったが、見つかった以上、俺たちに残された選択肢はひとつしかない。

生きて帰るために戦うこと

新人を後ろにさがらせて、俺とおっちゃんと2人で交戦していたまではよかった。
Xガンをぶっ放して、とどめをさして。
新人は後ろでがたがた震えていただけだったけど、初めての人間に戦力なんか期待していないし、生きてくれてさえすればそれでいい。

「危ない!」

おっちゃんがそう叫ぶのと同時に、上から2匹目が降ってきて。
咄嗟に俺は新人を蹴飛ばして、その場から遠ざけたけど、自分は避け切れなくて星人の攻撃をもろにくらって。

「玄野くん!」
「ひっ…な、なんだよぉ、あれ…!」

おっちゃんが俺の名前を呼ぶ声と、新人の情けない声に構ってる余裕なんてそのときの俺にはなかった。
―スーツのメーターから、どろりとした液体が零れ落ちている。
Xガンが急に重くなる。

――ざけんな、死んでたまるか

いつもは片手で握れるXガンを、両手で必死に押し上げて星人へ突きつける。
だがトリガーをひくより先に、そいつは飛び上がって、おっちゃんたちのほうへと着地した。腕の一振りでおっちゃんは投げ飛ばされ、星人は残った新人を見下ろす。

「バカ、逃げろ!!」

恐怖に駆られている人間に、そんなことを言ったって無駄なことはわかっている。
だけど、スーツが機能しなくなった今、俺だってXガンをぶっ放すのが精一杯で。その場に駆けつけて守ってやることなんかできるわけがなくて。

舌打ちをしながら、新人にあたらないようにXガンからYガンに持ち替えて、星人の腕が新人に振り下ろされる前に、撃ったつもり、だった。

――だけどそれは一瞬、遅くて。

断末魔のような叫びと、転送が開始されるのはほぼ同時で、加藤が駆けつけてきたのもほとんど同時だった。
計ちゃん、なんで…!という加藤の叫びより、間に合わなかったことが悔しくて。

―スーツが壊れなければ
―俺が2匹目の攻撃をちゃんと避けてれば

それとも、俺が――代わりに犠牲になれば?

どっちにしたってそれは全部済んだことで。新人を守ってやれなかったのは事実で。
責められても仕方がなくて。
―見殺しにしたと思われたって、仕方がなくて。

「…玄野くん、…仕方なかったんだ。あの状況で玄野くんが飛び出していってたら、殺されてたのは玄野くんかもしれない。そしたら、彼に星人を殺すことなんてきっとできないし、どのみち彼も死んでいた」

おっちゃんが、それに、と必死に俺を慰めようと言葉を紡いでくれていたけど。
その言葉のなにも俺の頭にははいってこなくて。だけど、部屋にいた面々は、それぞれどういう状況だったのかを概ね把握したらしかった。

気にすることない、きっとちゃんと話せば加藤くんもわかってくれる。
そう励まされて、ようやく立ち上がった俺はふらつきながら部屋を出た。

それから暫くはGANTZからの呼び出しもなく、普通の高校生をしていた俺は、週末にやることもなく部屋でぼーっとしていた。

―見損なったよ、計ちゃん

あんな加藤の目はみたことがなくて。あんな態度をとられたこともなくて。
俺がどんなひどいことをしても、あいつは笑って許してくれていたのに
それに俺がどれだけ甘えていたかを思い知らされたようだった

加藤、なら。
あの状況でも、スーツが壊れて、庇ったら自分が死ぬかもしれない状況でも、きっと庇いに行くんだろう。

迷わなかったといったら嘘になる。
庇うか。撃つか。
だけど庇ったら下手したら俺も死ぬかもしれない。スーツが生きていたらきっと庇っていただろうけど。
それなら、さっさと星人を倒した方がどちらも生き残れるかもしれない。
Xガンでは仲間にあたってしまうかもしれない。Yガンなら、星人に避けられない限りはあたっても死ぬことはない。

――俺の判断は間違ってたのかな
…死なせたんだから、そりゃ間違ってるのかな
でも、だったらさ。

だったら、俺、どうしたらよかったんだよ…

テーブルの上に置いていた携帯が振動して、ごとり、と床に落ちた。
長いこと振動している。電話みたいだったけど、出る気になんてなれなくて。
振動する携帯を無視して、俺は膝に顔を埋めた。

―完璧なヒーローになんか、なれるわけ、ないじゃん

瞼がじんわりと熱くなって、ぽたり、と雫が頬を伝った。
仲間も助けられなくて、加藤にも嫌われて、なんだよもう。どうしろっつーんだよ

携帯の振動は鳴り止まなくて、俺はイライラしながら携帯を掴んで、乱暴に通話ボタンを押した。

「もしもしっ」

泣きたいのか、怒りたいのか、自分でも自分の感情がわからない。
怒鳴るように言った言葉に、少し間があってから、俺の耳に届いたのは一番聞きたくて、だけど一番聞くのが怖い声だった。

『…計ちゃん?』

怒っている声ではなかった。あの日、部屋を出て行ったときみたいな、冷たい声でもない。

「………かと、」
『計ちゃん、今家にいる?』
「……いる、けど…」
『……あけて、っていったら、怒る?』

ことん、と玄関の方で小さな物音がして。
慌てて扉をあけたら、携帯を片手に、泣きそうな、困ったような、よくわからない顔をした加藤が立っていた。

携帯を耳にあてたまま、玄関で向かい合いながら突っ立っている俺たちは、きっと傍から見れば間抜けなことこの上ないだろう。
だけど俺は動くことは出来なくて。

先に動いたのは加藤だった。

「計、ちゃん」

おそるおそる、という感じに伸ばされた手が、俺の頬に触れようとしたところで。
俺の体は、俺の意思に反してびくり、と震えた。
それは一瞬のことだったけど、加藤は少し悲しそうに笑って、だけど触れることなく手を引っ込めた。

「…あ、…いや、…ちが…」
「計ちゃん、…話したいことがあるんだ。部屋、いれてくれないか」
「……うん」

加藤を部屋にいれて、取り繕うようにお茶を出して、テーブルを挟んで座っている俺たちの間にはいいようのない空気が流れていた。

どうしたらいいのか、なんてわからない。
謝るのもなんか違う気がするし、言い訳するのもおかしいし。
作品名:生きてかえろう 作家名:臣。