1122の日
「……なんか怒ってる?」
「まぁ、いろいろと言いたいことはあるかな」
「……あー、なんだ? なんかしたっけ?」
思い当たることがないローは怪訝そうに首をかしげていた。
「まぁ、確かに今日はまだ何もしてねぇけど」
「はぁ?」
「けど、それを放っておけばまた繰り返すだろうから、今ハッキリとわからせておいてやる!」
キッドの剣幕に気圧される部分があったのか、ローは珍しく素直に身体を開いていた。その素直さには、キッドのほうが戸惑ってしまったくらいだった。
まったくやりにくいったらありゃしない。ローはいっそわざとやっているのではないかと思えるほど、何もかもがズレている男だった。
「……つまり、嫉妬したのか?」
「違うだろ、てめぇの酒癖の悪さをなんとかしろって言ってんだよ」
一戦やらかしたベッドの上は雪のように降り積もった欲求が解消されて、いつもどおりの程よい倦怠感に包まれていた。キッドも今は暖かいオレンジ色の中でローと一緒にぬくぬくと暖を取れている。
よく分からないまま行為に至ってしまったローは始めのうちこそ乗り気じゃなかったけれど、キッドがねちっこくキスをしたり、くどいほどいいところを責めたりしているうちにその気になってきたようで、しまいにはギュウとしがみついて離れなくなっていた。喘ぎ声やねだるような声に誘われて、キッドも事に至った理由を忘れそうになったほどだった。
ゴロンと横になっていたローは、天井をぼんやり見つめながらぼやくように言った。
「そう言われてもなぁ……。酔った上での行動だろ? そんな昔のことまで持ち出されても困るっつーかさ」
「別にお前が無関係の他人なら何したって構わねぇんだよ、おれだって。好きなだけ誰かに抱きついて寝ろ。おれには関係ねぇから」
と、そう言えるのだ。けれど今は違う。喧嘩もするが、それでもお付き合いを続けている間柄でもある。ぶつかることもしょっちゅうだけど、何故だか別れたくはないのだから、二人の関係は『恋人同士』のままだった。
姿勢をうつ伏せに変えたローが、じーっとこちらを見つめてくる。
「……んだよ」
「あのさぁ、おれ、そりゃあ酔ったときはそういうことしてるかもしんねぇけど、ほとんど記憶にねぇんだよ。本当に単純に寒いからくっついてるだけだと思うぞ?」
「だから、なんだよ」
キッドはその行為自体が許せないのだ。
「だから、無意識なんだよ、そっちは! けど、お前とこういうことするときは一つも忘れてねぇよ。今までのだって全部覚えてる。酔った勢いでなんかするもんじゃねぇだろ?」
一気に喋った後で、ローはプイと顔を逸らしていた。覗き込む顔は赤い。分かりやすい態度を見せているローにキッドも感情が伝染したのか妙に照れくさかった。
「てめぇ、天然でたらしこんでねぇだろうな」
「まだ疑ってんのかよ! ねぇよ、そんなことになったら、いくらなんでも覚えてるに決まってんだろ!」
「そ、そうか」
ローの剣幕に今度はキッドが押される番だった。まだ少し納得のいかない部分はあるが、あまりしつこく言うのも後が怖いからやめておいた。
「……ったく、せっかくうまい酒を楽しんでたのによ」
「そもそもはだなぁ、てめぇが本なんか読んでるからだろ!」
冬の過酷な海をはるばる越えて会いに来たというのに、ホストの態度がつれなすぎた。久々の再会に心を躍らせた自分が悲しくなってくるではないか。
「お前、いつもそんなことばっかり考えてんのか? 欲求不満すぎじゃね?」
「うっせぇ、期待して何が悪い」
「いや、悪くはねぇけど……」
うーん、とローは頬杖をついて考え込んでいる。
「でも、あんときはまだ昼間だったじゃねぇか」
「は? えっ? それだけの理由?」
やらしてくれなかったのはそういう理由だったのかと、キッドはビックリしてしまった。なんというか、あまりにも真っ当な理由過ぎた。
「当たり前だろ、クルーたちも起きている中でなんかやれるか、バーカ」
ベーッと舌を出してキッドをねめつけてくるローの子供っぽいしぐさにクラクラと眩暈がする。
酔えば誰彼構わず抱きついて眠る酒癖の持ち主のくせに、素面のローはこんなにかわいらしいことを言うのだ。呆れるけれど、貞操観念は実にしっかりしているらしいことは分かった。
むしろ注意されるべきは昼間から盛っていた自分のほうだったかと、キッドは少しばかりの反省をする。しばしうつむいていたらローが身体をスリスリとすり寄せてきた。ピタ、と肌が密着して暖かさが増していく。
「なに?」
「あのさ。ユースタス屋の気持ちを汲んで、これからは抱きつく相手はベポだけにするよ」
それはローなりの慰めだったのかもしれない。しかし、抱きつくことはやめないのだなと思うと嬉しさは微妙な感じであった。
異様なほど仲のいい白熊にくっついて眠るローの姿を想像しかけてやめた。やはり動物だろうが人間だろうが、面白くないものは面白くない。しかし、さすがに動物相手に嫉妬するのはどうかと思ったのでキッドも納得することにした。渋々と、ではあったが。
おしまい